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ポリフェノール研究の新たな展開 ~腸内細菌叢への着目~

庄司 俊彦
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構
果樹茶業研究部門 生産・流通研究領域
流通利用・機能性研究ユニット長

1.はじめに

約20年前、赤ワインの動脈硬化予防や緑茶のガン予防に関する欧米や日本の疫学研究結果が報告され、これらの食品の摂取によって疾病を予防できる可能性が示唆された[1, 2]。赤ワインや緑茶には、カテキン類などの多くのポリフェノールが含まれていたことから強力な抗酸化作用が関与しているであろうと推定された。また、ポリフェノールを含むリンゴや豆類、チョコレートなどの多くの食品についても、生活習慣病予防をはじめとする様々な生体調節機能の研究が行われるようになった。この間、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法による遺伝子発現解析やDNAマイクロアレイ法の開発、質量分析計などの分析機器の発展に伴い、タンパク質や代謝物解析などのオミックス研究の進歩によってポリフェノールによる生体調節機能の作用メカニズムが次々と明らかにされてきた。

一方、ポリフェノールが生体内で作用するためには、ポリフェノールの摂取後、体内にどの位吸収され、どのように代謝、肝臓や脂肪組織などの標的組織へ分布し、作用するのかといった、所謂「生体利用性」が重要である(本誌メールマガジン2017年3月号参照)。ポリフェノールは化学構造の違いによって、いくつかのタイプに分けることができる。非栄養素であるポリフェノールは脂質やタンパク質などの栄養素のように体内へ取り入れるシステムがないためか、ポリフェノールの体内への吸収率は栄養素と比較すると低いことがわかっている。また、カテキン類やエピカテキンガレートなどのフラバン?3?オールは比較的吸収量が高いが、カテキン類の重合体であるプロシアニジン類では体内への吸収率が極端に低いことが知られており、生体利用性にはポリフェノール分子の大きさ(分子量)が関係していると考えられる。そのため、プロシアニジン類のように生体利用性が低いポリフェノールの生体調節機能の作用機序を考察する場合、生体利用性だけでは十分に説明できず、不明な部分が残されている。本コラムでは、従来の生体内への吸収を前提とするポリフェノールの機能性研究とは異なり、腸内細菌叢に着目した作用機序について解説する。

2.機能性における腸内細菌

従来、微生物の研究では培養が必須であるため、腸内細菌叢の研究においても、さまざまな培養法の研究が行われてきた。しかしながら、多くの腸内細菌は難培養性であることが多く、その大部分の腸内細菌の機能については不明な点が多く残されている。近年、次世代シーケンサーによる強力な遺伝子配列解読能力を背景に、培養を行わずにサンプルから直接DNAを抽出し、腸内細菌叢を明らかにすることができるようになった。われわれヒトの腸管には、1,000種類以上、100兆個もの腸内細菌が存在し、バランスを維持しながら共存している。この腸内細菌のバランスが何らかの影響で破綻するとヒトの健康状態や恒常性にまで影響を及ぼすことが明らかになり、様々な疾病と腸内細菌叢が密接に関係していると考えられている。例えば、腸内細菌叢の変化は宿主のエネルギー代謝や栄養摂取、免疫機能などに影響し、肥満や糖尿病などの代謝異常と密接に関係していることが示されている。Gordonらは、肥満者の腸内細菌を移植した無菌マウスと、痩せた人の腸内細菌を移植した無菌マウスを調整し、普通食を摂取させたところ、肥満者の腸内細菌を移植したマウスは痩せた人の腸内細菌を移植したマウスよりも体重が増加することを報告した[3]。また、肥満者の腸内細菌叢はFirmicutes門が増加し、Bacteroidetes門が減少していたことから、Firmicutes門/ Bacteroidetes門の比率を制御することが重要であることが報告されている。

3.プロシアニジン類による腸内細菌叢への影響

プロシアニジン類はカテキン類が重合したポリフェノールで、別名「縮合型タンニン」とも呼ばれている。リンゴやブドウなどの果物、カカオ、豆類、麦、赤ワインなどに含まれている。カテキン類の結合位置や結合数、組合せによって多くの異性体が報告されている。プロシアニジン類の生体調節機能としては、コレステロールや脂質の吸収阻害による内臓脂肪蓄積阻害や肥満予防、血糖値の上昇抑制作用といった生活習慣病の予防、育毛効果、美白効果、抗アレルギー作用などの様々な機能性が報告されている。

我々が行った、肥満マウスにプロシアニジン類を摂取させ体重増加に与える影響を検討した実験では、プロシアニジン類の摂取は高脂肪・高ショ糖食の摂取によって悪化した腸内細菌叢のFirmicutes門/ Bacteroidetes門の比率を、カロリーの低い普通食を摂取させたマウスと同等にまで改善することが確認された[4]。また、プロシアニジン類の摂取によって、Roseburia菌、Adlercreutzia菌、Akkermansia菌などの特徴的な腸内細菌が増加していた。Roseburia菌は短鎖脂肪酸の産生菌として知られている。また、Adlercreutzia菌はイソフラボンを分解し、イソフラボンの機能性本体であると考えられているエコール産生に関与している菌として知られている。

我々が最も注目したのはAkkermansia菌である。Akkermansia菌は日和見菌の一種で腸管バリア機能を向上させることが知られており、近年注目されている腸内細菌である。腸管は、栄養素を吸収すると同時に、病原菌や食品に由来する抗原(たんぱく質など)の生体内への侵入を防ぐバリア機能を保持している。腸管の上皮細胞をつなぐタイトジャンクションはOccludin、ZO-1と言った細胞間接着因子によって構成され、バリア機能に関係している。脂質代謝異常や糖尿病では、この腸管バリア機能が低下し、代謝性エンドトキシンの原因物質であるリポ多糖(LPS)が体内へ流入し、それに伴い体内は慢性炎症となり血中の炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-6)が上昇する(図1)。また、LPSは肝臓での脂質代謝を抑制することや、脂肪組織での炎症の亢進に関与することが知られている。さらには、脳での神経細胞の炎症や認知機能の低下に関与していることも知られている。

プロシアニジン類を摂取させたマウスでは、腸管上皮のタイトジャンクション関連因子(Occludin、ZO-1)の遺伝子発現が増加し、血中のリポ多糖や炎症性サイトカインが高脂肪・高ショ糖食摂取群と比較して有意に減少していた[4]。このことから、プロシアニジン類はAkkermansia菌を増加させ、腸管バリア機能を向上させることによって脂質代謝異常を改善しているものと推定された。プロシアニジン類の摂取によって、なぜAkkermansia菌などの有用菌が増加したのかは不明であり、今後検討する必要がある。

3.プロシアニジン類による腸内細菌叢への影響

図1

一方、腸内細菌はポリフェノールを分解、低分子のフェノール酸類を産生させることが知られており、これらのフェノール酸類の一部は大腸から吸収され、生体調節機能に関与していると考えられている。HPLC-QTOF/MSを用いたプロシアニジン代謝物の研究では、重合度の低いプロシアニジン類は腸内細菌によって分解され、3,4?ジヒドロキシフェニル?γ?バレロラクトンなどのフェノール酸に分解されていることが確認された。さらに、培養細胞を用いてフェノール酸による炎症性サイトカインであるTNF-α産生に与える影響を検討したところ、一部のフェノール酸はTNF-α産生を抑制し、強い抗炎症作用を示すことが明らかとなった。プロシアニジン類からフェノール酸への代謝にどのような腸内細菌が関与しているのかは不明であるが、ヒトの腸内細菌叢は個人差が大きく、生成するフェノール酸の種類や生成する量が異なると思われる。薬の効果においても腸内細菌が関与し、個人差が観られることがある。例えば、がんの新たな治療薬としてしられる「オプジーボ」の効果は個人差があり、効果の大きい患者の腸内細菌叢には、Akkermansia菌、Enterococcus菌が多いことが報告されている[5]。ポリフェノールの摂取によって「オプジーボ」などの薬の効果を補助することが可能かもしれない。

4.最後に

腸内細菌叢を改善する食品成分としては、食物繊維が知られており、野菜摂取の重要性を示す根拠となっている。一方、ポリフェノールの生体調節機能に腸内細菌叢が関与していることが示され、腸内細菌叢の改善に着目した新たな機能性研究が重要になると考えられる。プロシアニジン類はリンゴなどの果実に含まれることから、果実摂取の重要性を示す良い事例となるとなるのではないかと考えている。今後、ヒト試験においてプロシアニジン摂取による腸内細菌叢への影響を検証する必要があるが、プロシアニジン類による腸内細菌叢の改善を作用機序とする「特定保健用食品」や「機能性表示食品」の開発、応用が期待される。

(2018年2月)

参考文献
[1] Renaud, S., et al., Wine, alcohol, platelets, and the French paradox for coronary heart disease. Lancet 1992, 339, 1523-1526.
[2] Sasazuki, S., et al., Green tea consumption and subsequent risk of gastric cancer by subsite: the JPHC Study. Cancer Causes Control 2004, 15, 483-491.
[3] Turnbaugh, P. J., et al., An obesity-associated gut microbiome with increased capacity for energy harvest. Nature 2006, 444, 1027-1031.
[4] Masumoto, S., et al., Non-absorbable apple procyanidins prevent obesity associated with gut microbial and metabolomic changes. Sci Rep 2016, 6, 31208.
[5] Routy, B., et al., Gut microbiome influences efficacy of PD-1-based immunotherapy against epithelial tumors. Science 2018, 359, 91-97.

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