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「ハラール産業の現状と今、考えるべき事」

レモン 史視
NPO法人日本ハラール協会 理事長

ハラールという言葉が2013年頃から日本でも沸々と注目を浴びるようになってから、はや4年が経過している。その頃と、現在とは何がどのように変化していったのか。そして、これから日本が大いに経済効果を期待する「ハラール産業」として、どう取組むべきなのかを考えてみたいと思う。因に、このハラール産業という言葉は近年、海外でよく使われている「Halal Industry」を直訳したものである。
「ハラール」とは、イスラーム法において合法、許された、ということを意味する。その反意語は「ハラーム」。これはビジネス言語でもなく、現代の造語でもなく、イスラームという教えが根底にあるアラビア語である。イスラーム法はヨーロッパでは現代の民法の元になっているケースもあるくらい、多岐に渡る。ここでは、現代の食に関することをご紹介する。イスラームの教えには、「人は良い清いものを食べなさい」とある。「良いもの」、とは物理的に人体に良い利益のあるものであり、衛生的で高栄養価等を指す。「清いもの」とはイスラーム法で合法であること、即ち動物であれば神に許しを得て屠畜をしたものであり、不浄とされているものの要素を含まないもの、身体に害のないもの、そして合法的な手段で入手していること等がある。また、良い清いものは、イスラームを信仰するイスラーム教徒(ムスリム)だけに限って良い清いものではなく、万人にとっても当然良いものであることを意味する。

2013年、日本の政府が訪日観光客の受入を積極的に行い目標値を定め、一方農水省からは食品の輸出額1兆円を掲げるなど、2020年のオリンピック決定と共に日本全体が浮き足立った時期でもある。この頃、次の訪日観光客のターゲットはムスリムだ、ハラール品でイスラーム圏への輸出増大だ、ということが盛んにメディアでも報道された。「ハラール認証を取得すればバラ色!」などと謳ったセミナーや報道も相次いだ。それに便乗して今こそ稼ぎ時!といろんな人たちがハラールという言葉に纏わり付くようにビジネスを始めた。その頃、日本ハラール協会(JHA)はというと、防御体制に徹していた。とにかく、何か商売の種にならないかと探していた人が群がってきたので、それを徹底的に抵抗した。「ハラールはビジネスではない」このスタンスは、今も崩す事なく、我々の軸となっている。もちろん、事業者がハラールを持ってビジネスツールとするのは大いに結構である。しかし、我々ムスリムが、それを利益追求だけのビジネスツールにするべきではない、と考える。我々にとって、この取組みは、2020年までのわずか数年で終わってもらっては困るし、終わるとも思ってはいない。これは次世代へと持続していけなければ、活動の意味を果たさない。どれだけムスリムが住み良い環境をサステイナブルに整えるかにかかっているのである。2015年、少し熱も落ち着きだした頃、あるメディアが「そのハラール大丈夫?」と報道し、やっと世間が目覚めた。ハラールは使いようがあり、落とし穴もあるのだと。そして、イスラームの名を悪用するテロリストの存在もあり、一旦ハラール、ムスリムの存在から世間が離れようとしているかのように見えた。しかし、貿易を続けている企業、相変わらず増え続けているムスリム観光客を毎日、目の当たりにしている事業者らは、そんな事は言っていられない。「顧客のニーズに答えたい」。こうして、我々のところへ来る相談件数も、以前のように何でもかんでも問合せがあった一時期に比べて件数は減少したが、内容が明確な問合せになった事を実感している。やっと世間が本来のハラールの姿を認識したのだと。
一方世界に目を向ければ、国内で起こっているようなアップダウンもなく、「Muslim Tourism(ムスリムツーリズム)」「Halal Food(ハラールフード)」に関するカンファレンスや展示会が各国で盛んに行われている。すでにヨーロッパ、オセアニア、中東、アジア諸国ではハラールが産業として認識されている事を意味する。
ハラール認証を取得した企業らの動向はというと、すでに取引があり認証を取得し、さらに輸出を継続している企業を除くと、認証取得してから顧客探しを開始した企業らの多くが、輸出拡大を目標としていたものの、現状は外国のバイヤーとの契約までには至っていない。断片的にハラール産業に取組むのでは難しく、また、企業が単独で動く事にはリスクとコストが常に付いて回る。何故、せっかく見つけたバイヤーとうまく取引を開始できないのか。せっかく気に入ってもらった商品がなぜ契約までたどり着けないのか。その理由は必ずあるはずである。 ある最終商品を海外の飲食店や食材取扱店へ販売している日本メーカーの話だが、ハラール性の担保できる国内の原材料も整い、美味しい商品ができ、海外からの引き合いもあったのだが、海外の大手チェーンの飲食店では日本製は美味しくてとても気に入っているものの、同じようなハラール品で低価格な台湾製や中国製を採用したという。結局価格で勝てなかった。そんなことは商売ではつきものだが、日本と物価差がある国々では更に厳しい。
果たして、味、パッケージの趣向は販売先の国に合っているのだろうか、そもそもその商品が本当に市場に求められているものなのだろうか、価格帯は合うのだろうか、ハラールとして売らなくても、普通に売っても売れるのではないだろうか、各国の法規はクリアしているだろうか。自社のPRは十分だろうか…。解決・改善するべき点は実は認証取得前にクリアにしておかなければならない課題だったのだ。とりあえず認証取得すれば何とかなると考えたのだろうが、現実はそんなに甘くはない。入念に時期を見ながら調査・試行を繰り返すことが結果的には成功への早道なのかもしれない。
そんな中、国内では、ハラールに理解のある堅実で優良な企業らの御陰で現在は少しずつインフラが整いつつある。今後は先行投資的であった、これまでの事業活動を収益事業へとシフトしていかなければならない。今、企業同士がお互いに補完し合い、相乗効果を出し合えるような組織として、日本初のハラール関連の企業で構成される団体が、立ち上がろうとしている。更に、あらゆる産業のハラール化についての問題点を産官学連携でもって解決する方法を研究する、ハラールR&Dも立ち上がろうとしている。この他にも、イベント、メディア等の広報をする組織、輸送、飲食店のムスリム対応を計る組織などが別途動き出しており、全て我々が時間をかけて知り合い、同じ意思を持って一丸となれる人たちから構成されており、それぞれが得意な持場を最大限に出し合えるようなオールインワン体制が今後の日本のハラール産業を支えていくのである。個人主義が多いヨーロッパでは到底まねができないであろう、まさに、日本の独自の連帯性を活かした方法である。

では、今後どのようにこれらの仕組みも運用しながら、ハラール産業自体を成熟させていくのか。日本がそれを成功させられる切り札は何なのか。少なくとも日本ハラール協会ができることは、「良いハラール認証団体」となることであり、それによって自ずと海外からも認められるようになり、それが、それぞれの輸出相手国へ1枚の認証書をもって輸出することを可能にするようになる。そのための最大努力をする事は勿論だが、外交・広報活動も重要である。つまり国外でどれだけ日本のハラールの存在を知らしめるか、海外の認証機関・団体とのネットワークを作るか等が我々の大きなテーマである。国内では先述のようなインフラ整備を含む基盤造りの次にハラール関連企業が着手するべき事は日本の強みを発揮した製品、サービスの開発である。何が海外の市場で足りていないのかを見極めることが重要だ。現在進行しているケースで見ると、コンビニチェーンやスーパーが海外展開をする際に、コンビニ弁当、総菜を充実させることが考えられる。ハラールな食材は勿論であるが、当然添加物もハラール性の担保されているものだけを使用する。これまでその市場自体がなかった国や地域では、それに対応できる食材はあっても、添加物は少ない。手軽に誰もが手にしたくなるお菓子類は食感が良く、食欲を誘う香料、または直接食品に接触する包材等も日本の技術が活かされているものである。最終商品でもって、海外で勝負するのも勿論日本製を打ち出す方法ではあるが、海外の現地メーカーを支える強い味方になることも一つ揺るぎない位置づけができるのではないだろうか。 国民の87.2%*がムスリムであるインドネシアでは、政府がこの度新しい法律を執行した。2017年から2019年までの間に、国民が消費するものに対してハラール認証を取得させることである。これを受けて日本の現地メーカーや、輸出をしている戸惑うメーカーからの問合せもでてきているところだ。隣国マレーシア以上にハラール認証狂(?)になるのはいかがかと個人的には思うのだが、輸出相手国としては、この新しい法規制定が更なる販路拡大の商機であるとも捉えられる。今回の法規制定により、インドネシア国内の中小企業を更に活発にさせ、隣国のタイやマレーシアのようにハラール製品を輸出していきたい意向があることも報じられており、今後は中間素材や包材などが必要になってくる可能性が高い。

輸出素材として絶対的な人気を誇る「Wagyu」。東南アジアからは、これに対して我々のところへも、現地バイヤーからまだかまだかと催促が頻繁にくるほどの人気である。日本国家として牛肉を輸出したことのない国々までも、「ハラール和牛」としてなら輸出が可能になるのであるから、まさにハラールが貿易の門を開く鍵と言える。和牛が売れれば、調味料や食文化そのもの等それに付随するものへも波及される。和食が世界無形文化遺産に指定された今、是非、国には、これらの国際競争力のある食品や農産品の世界進出を積極的に後押しして頂き、国内では人気が落ちつつある和食文化を海外へ繋げていく重要な役割を担って頂きたいと思う。ここまでいくと、製造業だけがハラール産業のプレーヤーでない事は明らかである。ハラール産業は、日本がもっと真剣に取組むべき産業であり、一社だけで成功するのは難しく、日本全体で成功をなし得る産業であることを認識頂ければと思う。その恩恵は、ムスリムだけではない事も明白で日本全体で受けるのだということも忘れてはならない。従って、ことハラール産業に関しては政教分離との位置づけをせず、お隣の韓国や台湾、NZ、オーストラリア、ブラジル、イギリス、フランス等、日本と同じ非イスラーム国家であっても、すでに産業として捉え活用している国々に見習い、今すぐ行動に移すべきであると思う。そして、いつの日か、我々の子ども達であるムスリムも、ノンムスリムと同じく、この日本で共存し支え合える社会を実現したいと思う。
日本ハラール協会では活動の一環として、これまでも高校生や大学生を中心にイスラームとは、ムスリムとは、ハラールとは、といった内容で、とりわけイスラームにおいてはメディアで見る内容と現実が随分違いがあるのだと講義してきた。これは今後の日本を支える若い世代にも、偏見を持つ事なく事実を理解してもらう事、そして今後マイノリティーであるムスリムの子ども達がマジョリティーであるノンムスリムと社会で肩を並べた時にうまく共存できるようになるための目的でもある。

ムスリムにとっては生きることは信仰そのものであり、生きている以上自分に与えられた役割を全うする責任がある。聖典クルアーンには以下のように説明されている。 【2:286.アッラーは誰にも、その能力以上のものを負わせられない。(人びとは)自分の稼いだもので(自分を)益し、その稼いだもので(自分を)損う。「主よ、わたしたちがもし忘れたり、過ちを犯すことがあっても、咎めないで下さい。主よ、わたしたち以前の者に負わされたような重荷を、わたしたちに負わせないで下さい。主よ、わたしたちの力でかなわないものを、担わせないで下さい。】
課せられた責任は、自分が全うする能力があることを意味しており、その責任に対して最大限全うするための努力をすることが人に求められていることになる。更に、預言者ムハンマド様(彼に平安あれ)の言語録には以下のように説明されている。
「最も神が愛する人々は人に役立つ人々である」
各々が社会的な役割を担うことは人間の根本的な責任であると共に、それが大きな力にもなり得ることができる。ハラール産業においては‘チームワーク’こそが要となるのではないだろうか。
ハラール産業は、日本においてムスリム社会と日本社会を融合するツールの一つである。これを今後20年も30年も、その後も継続できる環境を作ることに努め、相互の利益を創出し、社会における互いの共存手段となることを願う。

「サステイナブルな環境と互いの共存」これが、私思い描いている未来の日本である。

  • 出典:Wikipedia 「インドネシア」

(2017年2月)

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