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テアニンの機能性~特に向精神作用について~

功刀 浩(くぬぎ ひろし)
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター疾病研究第三部部長

はじめに

鎌倉時代初期の臨済宗の創始者である栄西が著書「喫茶養生記」に記しているように、緑茶の健康増進効果は古くから指摘されてきました。現代では、「日常茶飯事」などと言われるように、広く一般市民に飲用されていますが、近代以前においては、茶は高級品であり、上流階級にしか手に入らないものでした。戦国時代において千利休による「侘び茶」によって創始された茶道は、わが国における最も高雅な総合芸術として君臨してきましたが、それは茶の身体への健康効果だけでなく、精神安定作用を併せ持つことによるのではないかと私は考えます。おそらく、戦国武将の心を癒す効果をもっていたことが、茶道の発展に大いに貢献したのではないでしょうか。
近年になり、緑茶の飲用習慣と精神疾患の発症リスクとの関連も明らかになってきました。筆者らは、うつ病患者は健常者と比較して緑茶を飲む頻度が概して少ないことを見出しました1)。他の日本の研究グループも緑茶を飲む頻度が高い人はうつ病のリスクが低いことを示唆する研究結果を報告しています2,3)。認知症のリスクも減らす可能性もあり、石川県での約5年間の縦断的調査によれば、緑茶を毎日飲んでいる人達は全く飲まない人達と比較して認知症の発症リスクが半分低下であったと報告されました4)
緑茶には、カテキン(渋味成分)、カフェイン(苦味成分)、テアニン(旨味成分)といった薬効成分があり、なかでもテアニン(L-theanine: N-ethyl-L-glutamine)は緑茶特有の成分です。テアニンは、1950年に京都府茶業研究所の酒戸によって玉露から抽出され、当時の茶の学名Thea sinensisにちなんで命名されました(ただし、現在の茶の学名はCamellia sinensis)。化学構造からグルタミン酸に類似したアミノ酸であることがわかりました5)。しかし、アミノ酸といってもたんぱく質を構成する20種類のアミノ酸の1つではありません。テアニンは、お茶に特異的に多く含まれる、いわば“希少”アミノ酸です。
その後、ヒトを対象とした検討により、テアニンには脳波α波を増加させる、ストレスに対する自律神経系の反応を抑える、などの「リラックス効果」や睡眠改善作用、カフェインと組み合わせることによる記憶力や作業速度・正確性の向上作用、などの効果が報告されています。また、動物実験では脳血管障害モデルにおける神経細胞死の抑制や、アルツハイマー病の病因とされるアミロイドβによる記憶障害や脳の神経細胞死の抑制など、脳に対して種々の作用があることが見出されました6)
さらに、近年、統合失調症やうつ病のような精神疾患への効果を示唆する研究結果も報告されるようになりました。以下、筆者らが行ってきた一連の研究を中心にその多彩な向精神作用の可能性について紹介したいと思います。

動物実験による前臨床的検討

筆者らは、マウスを用いてテアニンの統合失調症様行動やうつ病様行動に対する効果を検討しました7)。マウスを使ってどのように統合失調症の研究をするのか疑問をもたれる読者も多いと思いますので簡単に説明しておきましょう。統合失調症患者は幻覚・妄想などの精神病症状のほか、意欲低下・自閉などの症状のため社会生活が困難になります。ヒトが脳の主要な神経伝達物質であるグルタミン酸に対する強い拮抗薬を服用すると、このような統合失調症症状が誘発されるほか、症状の生理的基盤となると考えられている感覚情報処理障害(プレパルス抑制テストという生理学的検査によって測定可能8))が引き起こされることが知られています。マウスの場合、グルタミン酸の拮抗薬を投与しても幻覚や妄想が起きていることは確かめようがありませんが、感覚情報処理障害を測定することは可能であり、事実、グルタミン酸神経系の強い拮抗薬の投与によってヒトでみられるのと同様の感覚情報処理障害が引き起こされることがわかっています。
そこでわれわれは、テアニンが統合失調症様症状に対して効果があるかどうかを検討することを目的に、MK-801というグルタミン酸神経系を強く抑制する薬物をマウスに投与し、それによって誘導される感覚情報処理障害がテアニンによって改善されるか否か検討しました。その結果、テアニンの単回投与によって、MK-801によって誘導される感覚情報処理障害が有意に改善されることを見出しました。さらにテアニンの持続的投与(3週間)を行ったところ、マウス(MK-801は投与していない通常のマウス)の感覚情報処理能力が向上することも見出しました。
次に、テアニンがうつ病様行動に対しても効果があるか否か検討しました。マウスのうつ病様行動は、マウスを水の入った容器の中に入れた時にどれだけよく泳ぐか(正確にいうと、泳がずに無動でいる時間がどれだけ長いか)をみる「強制水泳テスト」によって判定するのが一般的です。そこで、テアニンをマウスに投与してこのテストを行ったところ、テアニンは水の中での無動時間を減少させ、それは抗うつ薬であるフルオキセチンと同程度であることが観察されました。
種々の抗うつ薬の持続的投与は、脳の海馬という領域(記憶力や情動の制御に重要な場所)において、「脳由来神経栄養因子(BDNF)」というたんぱく質の発現を高めることが知られています。BDNFは神経細胞の成長・分化・生存・可塑性などにおいて重要な役割を果たします。そこでテアニンの持続的投与を行ったマウスの海馬でBDNFの発現を調べたところ、対照群に比較して有意に発現が増加することが観察されました。
さらに、ラットの大脳皮質から培養した神経細胞を用いた実験から、テアニンは大脳皮質のグルタミン酸神経の受容体の1つ(NMDA受容体)に結合し、シグナル伝達に影響していることもわかりました。
以上から、テアニンは統合失調症の病態に関与する情報処理障害を改善させる作用をもつことや、抗うつ様作用をもち、このような作用には、海馬でのBDNFの発現増加やグルタミン酸受容体(NMDA受容体)を介したシグナル伝達作用が関与している可能性が示唆されました。なお、動物実験によってテアニンの抗うつ薬様作用を示した研究結果は、他の研究グループによっても報告されています9,10)

感覚情報処理や統合失調症患者への効果

動物実験においてテアニンが感覚情報処理を改善したことから、ヒト(健常者)にも同様の効果があるか否か検討しました。その結果、テアニン200㎎ないし400mgの単回投与によって、プレパルス抑制テストの結果が向上し、感覚情報処理能力が高まることを見出しました11)
そこで、次に統合失調症患者に対する効果を検討しました12)。17名の既に治療を行い、症状が固定している慢性統合失調症患者に対してテアニン(250mg/日)を追加投与し、8週間、症状の変化を観察しました。また、磁気共鳴スペクトロスコピイ(MRS)という装置を使って、脳内のグルタミン酸とグルタミンの合計濃度がテアニン投与前後に変化するか否かについても検討しました。その結果、テアニンの投与後に幻覚・妄想症状が軽減し、自記式質問票で評価した睡眠の質も改善していました。また、MRSを用いた検討により、テアニンは脳内のグルタミン+グルタミン酸濃度を調整する働きがあることを示唆する結果を得ました。
われわれの今回の検討はオープン試験(プラセボ投与群と比較しない治療研究)であるため、有効性を厳密に検証するには、さらにプラセボ比較試験を行う必要があります。イスラエルの研究グループは、既に統合失調症患者を対象としたプラセボ比較試験を行い、テアニン(400mg/日)を8週間投与し、プラセボ投与群と比較したところ、やはり幻覚・妄想などの症状や不安症状に対して有効であることを示唆する結果を報告しています13)

うつ病患者に対する効果

上記の動物実験から、テアニンには抗うつ様効果を持つ可能性も考えられたことから、うつ病患者への効果についてもオープン試験による検討を行いました14)
対象は大うつ病性障害患者20名で、先行する薬物治療に加えてテアニン(250mg/日)を8週間投与しました。投与前、投与後4週後および8週後にうつ病症状、不安症状、睡眠障害、認知機能について評価しました。その結果、テアニン投与後にうつ病症状、不安症状、睡眠障害、認知機能のいずれも改善がみられ、その多くは4週間以内に効果が現れていました。また、テアニンによって患者の苦痛となる副作用は特に起こらず、投与開始後にドロップアウトした患者(治療をやめたいと願い出た者)は一人もいませんでした。この結果はオープン試験であるため、有効性を確立するためには、今後、プラセボを対照群としたより厳密な臨床試験が必要となります。しかし、テアニンは比較的早期に効果が発現し、副作用のない抗うつ薬の候補として有望であると考えられます。

おわりに

以上から、テアニンはこれまでに報告されてきたリラックス効果や睡眠改善効果にとどまらず、統合失調症やうつ病といった精神疾患の治療や予防において有用であることが示唆されました。近年、精神疾患においてグルタミン酸が治療標的として注目されていることもあり、テアニンの精神疾患治療に果たすポテンシャルは高く、治療法の開発研究のさらなる発展が期待されます。

(2016年11月)

文献
1)古賀賀恵、服部功太郎、堀弘明、功刀浩 (2013) 緑茶・コーヒーを飲む習慣と大うつ病リスクとの関連.New Diet Therapy 29: 31-38
2)Niu K, Hozawa A, Kuriyama S, Ebihara S, Guo H, Nakaya N, Ohmori-Matsuda K, Takahashi H, Masamune Y, Asada M, Sasaki S, Arai H, Awata S, Nagatomi R, Tsuji I (2009) Green tea consumption is associated with depressive symptoms in the elderly. Am J Clin Nutr 90: 1615-1622
3)Pham NM, Nanri A, Kurotani K, Kuwahara K, Kume A, Sato M, Hayabuchi H, Mizoue T (2014) Green tea and coffee consumption is inversely associated with depressive symptoms in a Japanese working population. Public Health Nutr 17: 625-633.
4)Noguchi-Shinohara M, Yuki S, Dohmoto C, Ikeda Y, Samuraki M, Iwasa K, Yokogawa M, Asai K, Komai K, Nakamura H, Yamada M (2014) Consumption of green tea, but not black tea or coffee, is associated with reduced risk of cognitive decline. PLoS One 9: e96013.
5)酒戸弥二郎:茶の成分に関する研究(第3報)-新Amide “Theanine”に就いて.日本農芸化学会誌 23: 262-267, 1950
6)Vuong QV, Bowyer MC, Roach PD (2011) L-Theanine: properties, synthesis and isolation from tea. J Sci Food Agric 91: 1931-1939.
7)Wakabayashi C, Numakawa T, Ninomiya M, Chiba S, Kunugi H (2012) Behavioral and molecular evidence for psychotropic effects in L-theanine. Psychopharmacology (Berl) 219: 1099-1109.
8)Kunugi H, Tanaka M, Hori H, Hashimoto R, Saitoh O, Hironaka N (2007) Prepulse inhibition of acoustic startle in Japanese patients with chronic schizophrenia. Neurosci Res 59: 23-28.
9)Unno K, Fujitani K, Takamori N, Takabayashi F, Maeda K, Miyazaki H, Tanida N, Iguchi K, Shimoi K, Hoshino M (2011) Theanine intake improves the shortened lifespan, cognitive dysfunction and behavioural depression that are induced by chronic psychosocial stress in mice. Free Radic Res 45: 966-974.
10) Yin C, Gou L, Liu Y, Yin X, Zhang L, Jia G, Zhuang X (2011) Antidepressant-like effects of L-theanine in the forced swim and tail suspension tests in mice. Phytother Res 25: 1636-1639.
11) Ota M, Wakabayashi C, Matsuo J, Kinoshita Y, Hori H, Hattori K, Sasayama D, Teraishi T, Obu S, Ozawa H, Kunugi H (2014) Effect of L-theanine on sensorimotor gating in healthy human subjects. Psychiatry Clin Neurosci 68: 337-343.
12) Ota M, Wakabayashi C, Sato N, Hori H, Hattori K, Teraishi T, Ozawa H, Okubo T, Kunugi H (2015) Effect of L-theanine on glutamatergic function in patients with schizophrenia. Acta Neuropsychiatr 27: 291-296.
13) Ritsner MS, Miodownik C, Ratner Y, Shleifer T, Mar M, Pintov L, Lerner V (2011) L-theanine relieves positive, activation, and anxiety symptoms in patients with schizophrenia and schizoaffective disorder: an 8-week, randomized, double-blind, placebo-controlled, 2-center study. J Clin Psychiatry 72: 34-42.
14) Hidese S, Ota M, Wakabayashi C, Noda T, Ozawa H, Okubo T, Kunugi H (in press) Effects of chronic L-theanine administration in patients with major depressive disorder: an open-label study. Acta Neuropsychiatr

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