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学術コラム 学術コラム 学術コラム

L-テアニンと睡眠

白川修一郎
睡眠評価研究機構 代表
日本睡眠改善協議会 常務理事
江戸川大学睡眠研究所 客員教授

1.睡眠とはどのような生命現象か?

睡眠は単なる静止状態ではない。単に覚醒できなくなった状態でもない。人間の睡眠は、複雑な過程が関係した生命現象である。人間の睡眠は、進化の過程で動物として獲得した形質と、人間が脳を特異的に発達させてきた過程で獲得した形質が混在した現象である。

睡眠は、エネルギー保存方向の状態で動物個体の行動の活動水準が低下した状態

進化の過程で動物として獲得した形質の睡眠の特徴の多くは、摂食行動と強く結びついている。十分なエネルギーが食物として摂取できない環境状況を回避するための手段として、進化の過程で、両生類、は虫類、鳥類、ほ乳類が積極的に獲得してきた形質が睡眠と考えられている。

骨格筋が弛緩した状態で外界からの刺激に対する反応が低下した状態

昼行性の動物では、夜間に筋を弛緩させて活動水準を低下させ、エネルギー消費を抑え、エネルギー代謝回路をエネルギー蓄積方向へ切り替える。このような状態では敵に対する防御能力は低下している。そこで、外界からの軽度な刺激に反応せずあまり動かずに、種特異的な一定の寝姿勢(防御姿勢)で、攻撃されにくい場所(巣穴など)で眠るものが、種として生き延びてきた。人間にもこのような睡眠の特徴が残っており、敵対者(動物では捕食者)がない場合でも、安心できる状況にないと、しっかりと眠ることができない。

睡眠は温熱生理学的な熱放散現象であり、交感神経系活動が低下し相対的に副交感神経系活動が優位になった状態

ノンレム睡眠では、覚醒時に働かせた脳を積極的に休息させ、活動中に筋や神経細胞から発生し蓄積された熱を放散している。生命維持にかかせない自律神経系も、人間で最も精密化しており、攻撃や防御(血液流出の抑制や神経免疫による抗菌など)には交感神経系が強く関与する。活動時に積極的に交感神経系を働かせるためには、睡眠で交感神経系を休息させ疲労から回復させる必要がある。

睡眠は個体の生理的な必要性により生じた現象であり容易に覚醒しうる可逆的な生理現象

昏睡や麻酔状態、催眠状態と睡眠が根本的に異なるのは、睡眠が個体の生理的な必要性による現象であり、容易に覚醒しうる可逆的な生理現象であるが、極度に脳が疲労した場合には、その境界線はあいまいになる。

脳内の睡眠中枢の働きで発生し調節されている現象で脳の休息により意識水準が低下した状態

睡眠は単一の生命現象ではなく、そのため、睡眠のメカニズムも単純なものではない。睡眠の発現や出現の様式は、生体リズムの一つである約24時間の日周期リズム(サーカディアンリズム)や、月経周期に代表される月周期リズム、季節性変動を示す年周期リズムの影響下にもある。睡眠の現象にしても、ノンレム(NREM)睡眠と明瞭な夢みのあるレム(REM)睡眠に大別され、ノンレム睡眠にも高振幅の睡眠徐波が群発する徐波睡眠と紡錘波に代表される睡眠、および覚醒に移行しやすい浅い睡眠が存在する。さらに、ノンレム睡眠時、レム睡眠時においても、種々の生体現象が法則性をもって特有の変動を示す。睡眠は、時系列にそって推移する複雑系に属する生命現象と考えると理解しやすい。

2.身体の健康と睡眠

睡眠は、心身を効果的に休息させることを目的に進化してきた生命現象であり、健全な睡眠は身体健康の基盤ともなっている。それは、睡眠が身体損傷の修復の働きを持ち、免疫とも密接に関係しているからである。睡眠を7~8時間取っていても、その睡眠が質的に悪化している場合には、睡眠による脳機能の回復の役割が十分に果たされない。睡眠障害や睡眠不足も同等であり、影響を身体や脳に及ぼすことになる。表は、健全な睡眠を保持することによるメリットを、医学系学術論文でこれまでに発表されたエビデンスに基づいてまとめたものである。健康で幸福な生活や健康長寿を願うためには、年齢相当の適正な睡眠時間と健全で快適な睡眠を確保することが大切であることを示している。
WHOの国際共同研究で、不眠患者の50%が1年以内に睡眠障害以外で医療的治療にかかっていたことが1995年に既に報告されている。睡眠が分断あるいは妨害されると、神経免疫の働きは減弱し、生体防御や生体維持機能が低下し健康全般に影響がでる。新型インフルエンザが世界的に大流行した2008年~2010年にアメリカで行われた研究で、睡眠効率(どれだけグッスリ眠れていたかの指標)が悪化した人では、良好な人と比べて症状発症のハザードリスクが5.2倍にのぼることが報告された。肺炎や新型インフルエンザなどの感染の予防に、良好な睡眠が大切であることが、この研究からも示されている。長期の不眠や睡眠時無呼吸等の睡眠関連呼吸障害は、高血圧症、虚血性心疾患や脳血管性認知症の重大なリスク要因となる。入眠障害のある人は1.96、睡眠維持障害のある人は1.88のオッズ比で高血圧を発症しやすいと報告されている。日本の糖尿病患者の大多数を占めるⅡ型糖尿病も、睡眠が悪化していると2.23~2.98倍も発症しやすいという報告がある。
タンパク質の合成に重要な働きをもち、細胞の再生や損傷した身体部分の再生を促す成長ホルモンの分泌も睡眠と強く関係している。睡眠の分断や妨害により、集中的な分泌が阻害され効率的に身体を回復する働きが低下し、身体修復や小児の発達等に障害の出ることも知られている。もちろん、肌の再生や抗老化にも悪影響がある。
メタボリックシンドロームにも睡眠不足が関係している。睡眠不足により血中の食欲亢進ホルモン(グレリン)が増加し、食欲抑制ホルモン(レプチン)が減少する。食欲が亢進しカロリー摂取が過剰になる。また、睡眠不足時の食欲や空腹感は、夜間ほど強く、就寝直前の食物摂取を促しやすいことも報告されている。エネルギー産生の代謝系にも影響し、身体は危機的な環境にあると判断し、摂取した食物をグリコーゲンとして蓄積する方向に変化する。生活習慣病である肥満の重大な原因の一つが睡眠不足や質の悪化と考えられている。消化器系への影響は他にもあり、睡眠時間が極端に短いあるいは睡眠健康が障害されている女性や高齢者では、機能性便秘や過敏性腸症候群(IBS)の発症率が高いことが判明している。
うつや自殺と睡眠との関係も調べられている。日中に過度の眠気がある高齢者のうつ発症リスクは2.05倍であり、うつ病が寛解しても日中に過度の眠気がある場合には、再発危険率が10倍以上になると報告されている。また高齢者以外で、睡眠の状態とうつ症状の発生頻度についての追跡調査の報告では、健常な睡眠では6.3%の人がうつ症状を呈するが、長期の不眠に罹患している人では36.6%と健常睡眠者の6倍近い人がうつを発症すると報告されている。さらに、自殺者の半数は、うつを発症していたとのWHOの2012年の報告もあり、うつと自殺とには密接な関係がある。
認知症の発症率も、睡眠の状態が悪化している高齢者では、5倍以上になることが報告されている。また、アルツハイマー型認知症や前駆症状の軽度認知機能障害(MCI:Mild Cognitive Impairment)の原因物質と考えられているアミロイドβ42タンパクの蓄積も、睡眠の質が悪化していたグループでは多く、そのオッズ比は5.6であった。
このように、長期にわたる睡眠不足あるいは睡眠の質的悪化は、脳全体の機能として表出される精神機能へも極めて危険な影響を及ぼす可能性が高い。逆に、できるだけよい状態の睡眠を確保できていれば、健全なメンタルヘルスの維持が可能で、認知症やうつ症状のリスクを激減させることを示している。

 表 快眠による身体とこころの健康へのメリット

表 快眠による身体とこころの健康へのメリット

3.睡眠に影響を及ぼす食材

一回の食事だけで睡眠を改善する効果を持つ食材は存在しない。それは、睡眠改善作用を持つ成分の含有量が、有効な量にくらべて極めて少ないためである。眠りホルモンとして流布している覚醒拮抗作用を持つメラトニンは、ケールやレタスに含まれるが、睡眠への効果を示すためには1回の服用で30mg以上を必要とする。ケールやレタスで30mgのメラトニンを得ようとすれば茎も含めて60kg程度を一度に食べる必要がある。なお、メラトニンを食材として製造、販売することは、日本では認められていない。睡眠の改善効果を持つことが知られている単一の食材には、L-トリプトファン、レシチン、グリシンおよびL-テアニンがある。一方で、睡眠を阻害し覚醒効果を示す単一食材として、カフェインやトウガラシのカプサイシンなどが知られている。レシチンは、アセチルコリンの前駆物質としてレム睡眠の周期の整合性調整作用を、L-トリプトファン、グリシンは入眠や熟眠に改善効果のあることが報告されている。なお、必須アミノ酸のL-トリプトファンおよびグリシンは、3g以上を一度に服用することで改善効果がみられると報告されている。有効量以上のL-トリプトファンやグリシンを一回の食事から得ることはできない。
L-テアニンは、緑茶の旨みに関与するアミノ酸であり、お茶を飲んでほっとする作用はテアニンによるものである。なお、目が覚める効果は茶葉に含まれるカフェインの作用であり、苦みと殺菌作用や脂肪燃焼用はカテキンの効果である。L-テアニンは、茶葉に最も多く含まれているアミノ酸で上級なお茶ほど多く含まれるグルタミン酸のエチルアミド誘導体で構造も明らかとなっている。人間が2000年来飲み続け、国内では1964年に食品添加物として指定され、米国食品医薬品局(FDA)においても2006年に「一般に安全と認識される食品」(GRAS)に認定され、十分な安全性が確認されている。L-テアニンはGABAと異なり脳血液関門を通過し、ノルアドレナリン、ドーパミン、セロトニンの動態に作用すること、覚醒系の最終神経伝達物質であるグルタミンを受容体部分で競合的に調節する作用のあることが報告されている。L-テアニンには、抗ストレス作用があり、睡眠についての作用は、L-トリプトファン、グリシンと異なり、200mg程度で改善作用が見られる。
一週間にわたるL-テアニン200mg服用の効果を、20~33歳の健常男子10名を対象に、アクチグラフィによる連続活動量を用いて客観的に評価した研究報告がある。入眠後の中途覚醒が有意に減少し睡眠効率が上昇し、睡眠が質的に改善していた。また、標準化された睡眠内省尺度で起床時の疲労回復感が著名に改善し、睡眠時間の延長感も得られていた。機能性食品の場合、この例のように服用者が実感できることも重要である。熟年女性を対象とした他の研究報告では、L-テアニンの服用で睡眠前半では副交感神経の活動を亢進させ、睡眠後半で交感神経の活動低下が認められている。一方で、午前中に同量を服用した場合には、眠気を引き起こす作用は認められず、睡眠導入剤などの作用とは明らかにメカニズムが異なる。L-テアニンの睡眠安定作用と起床時のリフレッシュ感の改善作用は、覚醒系の神経伝達物質であるグルタミンの過常分泌に対する調節作用によるものと考えられている。図に示すように、L-テアニンは、覚醒系の神経伝達物質を競合的にブロックすることで中途覚醒を減少させ、交感神経系の活動を抑えることで寝つきやすくし、かつ睡眠の浅眠化を抑え、その結果として睡眠を安定させる作用を示すものと推定される。睡眠の安定化により起床時のリフレッシュ感と改善感をもたらしているのであろう。
睡眠の改善作用を持つ機能性食品の多くは、有効量以上を含有したサプリメントとして服用する必要があり、繰り返し服用することでその効果が明瞭となることが多い。なお、その効果も睡眠薬と比べてマイルドなものである。

 図 L-テアニンによる睡眠改善作用のモデル

図 L-テアニンによる睡眠改善作用のモデル

(2016年6月)

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