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学術コラム 学術コラム 学術コラム

東南アジアでの鉄欠乏症に対する取組み
~フィリピンでのSunActiveを用いた鉄強化米での実施を例に~

中西由季子
人間総合科学大学 人間科学部
ヘルスフードサイエンス学科 教授

ミレニアム開発目標から持続可能な開発目標へ

2015年7月6日、ミレニアム開発目標の最終報告書が発表されました。これより遡って、2000年9月にニューヨークで開催された国連ミレニアムサミットにおいて、国際社会は、ミレニアム宣言を採択し、平和と安全、開発と貧困、環境、人権とグッドガバナンス(良い統治)、アフリカの特別なニーズなどを課題として掲げ、21世紀の国連の役割に関する明確な方向性が提示されました。このミレニアム宣言と1990年代に開催された主要な国際会議やサミットで採択された国際開発目標を統合し、2015年までの15年間で達成すべき国際社会共通の問題として具体的な数値目標(○%削減等)を含めて示した8つの目標と21のターゲットにまとめられたものが、ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals : MDGs)です。ミレニアム開発目標は一定の成果をあげましたが、そこから見えてきた課題は、格差の問題でした。各国の平均値はよくなっていても、地域や民族別にみたとき、状況が全く改善されていない「置きざり」にされている人たちがたくさんいることが分かったのです。また、開発途上国の問題解決に重点が置かれていたため、先進国が取り組むことは限られていました。そこで、2016年から2030年までの次の15年間の国際目標である「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)」は「誰も置き去りにしない(Nobody left behind)」の考えを根底にもち、かつ、地球上すべての人や企業・団体が取り組むべき目標として設定されました。単純明快・期限付きの数値目標が示されたこれらの目標のうち、目標1「極度の貧困と飢餓の撲滅」、目標4「幼児死亡率の引き下げ」、目標5「妊産婦の健康状態の改善」、目標7「環境の持続可能性の確保」などは、主に栄養分野に関連する重要な課題です。

1990年には、開発途上地域の47%の人々が1日1.25米ドル以下で生活していました。2015年には、その割合が14%まで減少しました。世界においては、19億人から8億3600万人へと極度の貧困にある人々が減少し、10億人以上の人々が極度の貧困から脱却したことになります。その改善は、特に2000年以降に著しい成果が得られています。また、開発途上地域における栄養不良の人々の割合は、23.3%から12.9%へとほぼ半減しました。世界における低体重の5歳未満の幼児の割合も、25%から14%へと56%に低下しています。しかしながら、極度の貧困にさらされ、栄養不良の人々が減少するための更なる取り組みが求められています。

特定非営利活動法人国際生命研究機構 健康推進センター (ILSI Japan CHP)は、科学的根拠に基づいて人々の健康に貢献する実践活動を推進しています。1997年以来、ベトナム、カンボジア、フィリピンなどにおいて、毎日摂取する食品や調味料に摂取量の増加が必要な栄養素を添加することによって栄養を整えることを目指す食品栄養強化(Food Fortification)プロジェクトを推進しています。それぞれの国の行政・産業界・学界と国際共同で東南アジアの諸国に多く存在する鉄欠乏性貧血の改善と撲滅のためのプロジェクト(Project Iron Deficiency Elimination Action: Project IDEA-プロジェクトアイデア)のうち、フィリピンで展開している鉄強化米による貧血改善プロジェクトをご紹介します。

鉄欠乏性貧血症とは

鉄欠乏症は、ビタミンA、ヨードと並んで世界の三大微量栄養素欠乏症として知られており、特に発展途上国では顕著です。鉄欠乏症をはじめ微量栄養素欠乏症の大部分は予防できるものですが、世界の20億人以上の健康や生産性に及ぼす影響は重大な脅威となっています。鉄欠乏性貧血は、出生時低体重や母胎の死亡の主要因です。食事性の鉄が欠乏すると赤血球産生不全による重篤な貧血が引き起こされたり、T細胞数の減少や機能抑制、好中球の殺菌能の低下などの免疫系機能の不全を生じます。女性や子供は生殖や生長のために栄養的な要求量が増加するので、鉄欠乏性貧血や他の栄養素欠乏症になりやすい傾向があります。鉄欠乏性貧血は特に、幼児期、思春期の男女および妊娠可能期の女性に頻発する栄養障害であり、食物からの鉄供給量不足や食事鉄の難吸収性がその主な要因です。近年、母体の鉄欠乏が胎児の脳の発育に影響を及ぼすことが報告されており、幼児や小児の認知能力低下の要因の一つとして再認識されています。鉄欠乏症は生産性に著しく影響することから、国家における経済活動と関連しており、重要な公衆衛生課題の一つです。このような背景をもとに、鉄欠乏症をなくすことの重要性が近年さらに高まってきています。

栄養強化(Food Fortification)とは

鉄欠乏性貧血を撲滅するためには主要な4つの戦略が考えられます。①食生活を改善して多様な食事を摂取することによる栄養改善、②栄養剤(サプリメント)摂取による補給、③食品栄養強化(Food Fortification)、④行政による監督管理。食品に対して栄養強化することは、数年来アメリカをはじめとした多くの先進国においてかなりの成功を収めています。過去、発展途上国においては栄養強化による改善に対する努力はいくつか行われてきましたたが、あまりはかばかしい成果が得られませんでした。しかしながら、近年、ラテンアメリカやアジア諸国では砂糖や塩の栄養強化や小麦粉の栄養強化などが民間企業の協力・関与を受け、活動が拡大してきています。栄養強化は、商業的にも成功することと結びついてこそ持続できるようになります。鉄欠乏性貧血を撲滅するためには最も価格的に効果的で持続できる方法として認識されているのです。鉄の状態の改善とともに生産性や収入が10~30%上昇することが報告されています。したがって、発展途上国における鉄欠乏症の改善には、食事によって欠乏栄養素の補給ができ、継続的補給が期待できる食品栄養強化が効果的であると考えられます。

食品と鉄化合物の選択

鉄を強化するためのキャリアーとなる食品や良好な鉄給源となる鉄化合物をそれぞれの発展途上国の食生活に適するように選択し、鉄の生体利用効率を高めることが必要です。南米アメリカ諸国では、小麦粉の鉄強化が実施されていますが、その歴史は古く、第二次世界大戦時のアメリカが始めた政策です。80年代以降、とくに90年代から中米、カリブ諸国および南米においても法制化を含めた小麦粉の栄養強化が行われるようになってきました。小麦粉の栄養強化は、小麦粉が主食源であるので消費量が高いこと、負荷価格が低いことや、製粉過程での強化が容易であることなどから広く行われているのですが、東南アジア諸国では、主食が小麦粉以外の米や穀類であることから小麦粉とは異なる食品を鉄強化することが成功への第一歩です。日本ではビタミン類を栄養強化した強化米があり、市販されているほか、学校給食などに用いられています。鉄を米に強化する場合、米の市場への流通が集中化されておらず、自家精米中心であること、現時点ではまだ価格が高くなること、鉄の色が付いてしまったり、酸化反応によって褐変が生じることなどから解決すべき問題があり検討が必要とされましたが、フィリピンでは微細ピロリン酸第二鉄(SunActive)をもちいて強化米のプロジェクトが進んでいます。

フィリピンにおけるSunActiveを用いた強化米による貧血改善実証試験1,2)

フィリピン国民栄養調査(1998年)により、貧血者の割合は7~9歳の子供で35%、女性で36%、妊婦で51%であることが報告されました。また、フィリピンにおける主食は米であり、1日に3回米を食し、一人一日平均386gの米を消費していることが明らかになりました。そこで、太陽化学株式会社の支援の下、フィリピン国立食品栄養研究所(Food and Nutrition Research Institute(FNRI))と共同で、主食である米に着目し鉄分を強化する研究に着手しました(図1)。

フィリピンにおけるSunActiveを用いた強化米による貧血改善実証試験

図1 連携体制と役割分担

フィリピンにおけるSunActiveを用いた強化米による貧血改善実証試験

図2 鉄強化米の製造

まず、コメを栄養強化の媒体として選択し、鉄強化米を作成し、保存性・安定性試験と官能評価試験を実施しました。プレミックス米(鉄濃度を高く成型した米)、鉄強化米(プレミックス米と普通米を混合)、炊いた鉄強化米をさまざまなパッケージ素材で10ヶ月間保存し、安定性を調べました。その評価項目は、色、食感、かさ密度、害虫の侵入、鉄含量、微生物、味覚の七つです。総合的な評価により、硫酸鉄、またはSunActiveをイクストルーダ法(米粉に鉄分を混ぜ、米の形に成型する方法)にて製造した鉄強化米が安定しており、味、色の変化が少ないことが確認できました。米に色がついていると、虫がついたりした屑米と間違われて、せっかく鉄強化したプレミックス米がとりのぞかれてしまう恐れがありますが、とりわけ、SunActiveを使用した強化米は、色調が白く保たれ、普通米との違いが分かりにくいものでした。

フィリピンにおけるSunActiveを用いた強化米による貧血改善実証試験

図3 普通米とプレミックス(鉄強化米)

次に、鉄強化米による栄養改善効果の科学的根拠を提示することを目的に、実証試験を行いました。フィリピンのメトロマニラに在住する180人の小学生6~9歳を対象に、6ヶ月間の無作為化比較試験を実施し、鉄強化米の貧血改善に対する有効性を確認しました(図4)。試験に参加者した小学生は、3つのグループに分けられ、それぞれ硫酸鉄強化米、SunActive強化米、普通米を週に5日、昼食と共に食しました。その結果、どちらの鉄強化米の摂取も貧血者の割合を減少させることが実証されました。

フィリピンにおけるSunActiveを用いた強化米による貧血改善実証試験

図4 学校給食を利用した栄養改善実証試験の様子

さらに、大規模実証試験として、限定地域の市場に鉄強化米を投入し、地域の子供の貧血の割合に及ぼす改善効果を検証しました。パタアン州オリオン市(人口52,000人)において、鉄強化米の地域限定販売を実施しました。イクストルーダ法により6mg鉄(SunActive)/gを含むプレミックス米を日本で製造し、フィリピンの精米所にて普通米と1:200でブレンドし、3mg鉄/100gの鉄強化米を製造しました。鉄強化米は、通常の販売網を通して販売され、定期的に品質をチェックしました。また、鉄強化米と貧血に関する消費者教育も行いました。調査の結果、鉄強化米の入手可能性は高く、受容度も高いこと、さらに、貧血や鉄強化米の認知度も高いことが確認できました。この地域限定販売の結果、子供(6~9歳) の貧血割合を著しく減少(17.5%から12.8%)させることが出来ました。また、この地域限定販売により、鉄強化米を商業的に広めるためには、自治体による政治的な支援、販売活動/消費者教育が重要な要素であることが示されました。この結果、フィリピンでは、政府の貧困サポートプログラムに採用されています。ミンダナオ島ザンバレス州でも、著しい改善効果が認められています(図5)。

フィリピンにおけるSunActiveを用いた強化米による貧血改善実証試験

図5 ザンバレス州におけるマーケットトライアルによる貧血改善効果

上述したような栄養改善の取り組みの積み重ねが、MDGsの目標達成の一助になったであろうと考えます。しかしながら、世界において未だ8億人以上という非常に多くの人々が極度の貧困にさらされています。世界における低収入国として分類される国々では、極度の貧困率は、33%未満しか低下せず、極度の貧困状態で生活している人数は、1990年から2010年の間に増加しており、低収入国の12歳未満の子供の52%が極度の貧困にさらされています。また、9,000万人以上の5歳未満の幼児が低体重であり、7人に1人が未だ低体重であることに相当します。中度の貧困と飢餓が残存する東南アジアも含め、世界的な栄養改善の取組強化が求められています。日本でも、農林水産省は、農林水産業・食品産業を所轄する立場で積極的な貢献を果たすため、日本企業の栄養改善事業の国際展開の取組を支援しています。官民連携で栄養改善事業を推進するため、平成28年9月に「栄養改善事業推進プラットフォーム」が発足しました。民間企業のアイデアをベースに、栄養改善効果が期待できる途上国の国民向け食品供給事業のビジネスモデル構築を目的としています。現在、プラットフォームの活動として、カンボジアにおいて、社員食堂へのビタミン・ミネラル強化米を導入し、若い女性の工場従業員の栄養改善事業に着手しています。将来的なビジネスも視野に入れながら、日本の食産業の技術と経験が世界の栄養改善に貢献できることはまだまだたくさんあるのです。

(2018年7月)

参考文献

1.Angeles-Agdeppa et. al., Efficacy of iron-fortified rice in reducing anemia among schoolchildren in the Philippines, Int J Vitam Nutr Res. 2008 Mar;78(2):74-86.
2. Angeles-Agdeppa et. al., Pilot-scale commercialization of iron-fortified rice: effects on anemia status, Food Nutr Bull. 2011 Mar;32(1):3-12.

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