Vol.12 食品中の成分の状態をミクロの視点でのぞいてみよう
~新規導入設備“ミクロトーム”で混ざり方を切り開く!~
執筆:山口 裕章(おいしさ科学館館長)
同じレシピから違うものができてしまう…そのワケは
『同じレシピで作ったはずなのに、どうも自分が作るとおいしくない・・・』といったご経験はありませんか。あるいは、食品会社にお勤めの方であれば、『同じ処方なのに、ラボ試作したものと生産現場で製造したもので、食感が変わってしまった』ということに直面したご経験がある方もいらっしゃるのではないでしょうか。このような時、成分の混ざり方が違っている可能性があります。
食品の“おいしさ”は、その食品を構成する成分の混ざり方一つで変わってきます。ゆえに、混ぜ方の違いで“おいしさ”を作り上げる熟練のシェフやパティシエの“職人技”というものが存在するわけです。
混ざり方の違いの可視化
おいしさ科学館では、食品中の水、糖質、たんぱく質、脂質がどのように混ざり合っているのか、その分散状態を可視化することに挑戦しております。
その一例として、おいしさ科学館ホームページ(http://www.taiyokagaku.com/museum/)では、IRイメージング装置を用いてカスタードクリームの成分分散状態を確認し、当該分散状態の違いによって、油脂感(コク感)の感じ方が異なる例を示しております。
実際に、混ぜ方の違いによって成分の分散状態が異なる例を見てみましょう。
全く同じレシピで作ったカスタードクリームですが、混ぜ方(手混ぜ、電動調理器具による攪拌)を変えて調製したものを、波数1740cm-1(C=O)の吸光度で二値化したIRイメージング画像を以下に示します。吸光度が一定値以上のところをオレンジ色で示しています。こちらの画像は、分子内にC=O結合を持つ成分の分布を表しており、カスタードに含まれる油脂分の分散状態を示していると推測しております。手混ぜ(左図)のほうが不均一な混ざり方をしており、実際に食べてみると油脂感(コク感)を感じます。一方で電動調理器具による攪拌(右図)のほうは分散状態が細かくより均一な混ざり方をしており、食べてみるとあっさりしています。
上述のカスタードクリームは赤外線を透過させることで分析しましたが、一方で、固形食品のように赤外線が透過できない不透明な食品もあります。このような場合、赤外線の反射情報によってイメージングする手法があげられます。しかしながら、反射測定で得られる結果は、透過測定で得られるものと大きく異なることがわかっております。おいしさ科学館では、過去において様々な固形食品の反射測定を実施してきましたが、残念ながら反射によって得られる情報は少なく、再現性が乏しいものでした。(以下モデル図参照。)
新規設備の導入により広がる可能性~薄く切ることで見えてくるもの
そこでこの度、固形食品における成分の分散状態の可視化に挑戦すべく、主に病理組織切片の作製に汎用されている凍結切片作製用のミクロトームを導入しました。この装置を用いて食品サンプルをおよそ10μm以下の厚さに調製することで、赤外線を透過させることができます。これにより、反射測定よりも格段に精度の高いIRイメージング画像を得ることができるようになります。
その一例ですが、反射測定及び透過測定で得られたある食品サンプルのIRスペクトル(横軸:波数、縦軸:吸光度)を以下に示します。
ご覧いただきましたとおり、同じ食品であっても二つのスペクトル情報は大きく異なっております。透過測定の方が、1つ1つのピークがシャープに検出されています。より精度の高いスペクトル情報を得るためには、透過測定を行う必要があることがわかります。
実際に、固形食品を薄膜切片化し、IRイメージングをした例を以下に示します。
これは市販の麺の断面を、波数1050cm-1(C-O-C)の吸光度で二値化したイメージング画像です。吸光度が一定値以上のところが緑色で示されています。このように薄膜切片化による透過測定によって、成分の混ざり方(C-O-Cが点線の外側に多く分布している)を確認することに成功しました。こちらの画像は、分子内にC-O-C結合を持つ成分の分布を表しており、糖質の分散状態を示していると推測しております。
まだまだ検討課題は山積しておりますが、固形食品の分散状態の可視化に向けて、大きな一歩を踏み出すことができました。
何かしら物性が異なる・・・食感が異なる・・・そのような時に混ざり方の違いを見てみてはいかがでしょうか。