Vol.15 人の感覚の可視化 ~スプーンで食べる時の動作~
執筆:山口 裕章(おいしさ科学館館長)
2015年10月 高齢や病気などの理由で手が震える人が使っても、スープやご飯がこぼれにくいスプーンの記事が新聞に掲載されました。食品そのもののおいしさは勿論大切ですが、できれば食品をこぼさずに心地よく食べたいものです。特に、ご高齢の方や片手が不自由な方、また、育児や看護・介護などで、他の誰かに食べさせることが必要な方にとっては、食品をスプーンでとってから口に入れるまでの一連の動作において、すくいやすくかつスプーンからこぼれにくいことが求められます。 そこで、おいしさ科学館では、食品そのものの物性(すくいやすさ)に着目し、機器分析によって「すくいやすさ」を評価する手法を構築しました。
人の動作を機械で再現
おいしさ科学館コラムvol.14において、口紅を塗った時の使用感を機械で分析する手法を紹介しました。この分析手法は、人の動作に着目したもので、実際に口紅を塗るシーンを再現することで、より人の官能評価と相関が高い分析・解析手法を構築することに成功したものです。
<口紅を塗るシーンを再現>
今回も同様に人の動作に着目し、実際に食品をスプーンですくうシーンを機械で再現することで、食品のすくいやすさを分析する手法を考案しました。 今回の分析は、動的粘弾性測定装置にスプーンを取り付け、スプーンに上下運動と水平回転運動を組み合わせた動作により、人が食品をすくう動作(斜めに差し込んで食品をすくう動作)を再現したもので、その時に生じる縦方向と横方向の力を測定し、その力の総和(ベクトル和)またはグラフ形状を解析することにより、食品のすくいやすさを評価するものです。(写真1、図1、図2)
市販ヨーグルトの「すくいやすさ」
上記の手法を用いて、日常よく食されるものの1つである“ヨーグルト”を分析してみました。
<ヨーグルトをすくうシーンを再現>
- 市販の少量(80~100g程度)のカップタイプのヨーグルト4品のすくいやすさの違いを可視化するために最適化した条件で測定しています。
- この動画は下のグラフに示すA社品の測定の様子を撮影したものです。
測定で得られたベクトル和(回転・降下時の最大値、すくいあげた後の最終値)をとってマッピングしたのが下の図です。グラフ内左上にいくほど、より弱い力ですくうことができ、かつこぼれにくいヨーグルトであることが言えます。このように実際に人がヨーグルトを食べる前のすくいやすさの感覚を、機器分析で可視化することができます。
スプーンの角度、進入速度などを変化させることにより、様々な食品、食べ方への応用が期待できます。
人にやさしい食品へ
食品にとってそれ自体のおいしさはもちろん重要です。更に、この先増加する高齢者、介護従事者、あるいは体の不自由な方にとって、よりやさしい(食べやすい)食品が必要になってきます。人の動作を機械で再現し、より迅速で客観的な評価手法が今後ますます求められるようになっていくのではないでしょうか。
(2015年11月)