Vol.17 パンの口どけ感を機器で測定してみよう
執筆:山口 裕章(おいしさ科学館館長)
おいしさ科学館にご来館されたお客様から、「パンの口どけ感を分析することはできないか?」というお問い合わせをよくいただきます。読者の皆様も、パンやスポンジケーキなどベーカリー商品の食感において、その「口どけ感」はおいしさを構成する重要な要素の一つであるとお考えの方が多いのではないでしょうか。そこで、今回のコラムでは、おいしさ科学館で実施している「パンおよびスポンジケーキの口どけ感」の分析例を紹介します。
動的粘弾性測定装置による分析
パンを咀嚼する際に感じる口どけ感について、動的粘弾性装置を用いた分析を試みました。
パンを咀嚼する動作は、口腔内でパンにひずみを加えることにより、静止状態から流動する過程と捉えることができます。この過程は動的粘弾性のひずみ依存測定で再現できるものと考えました。
しかし、実際に食パンを測定してみるとデータが大きくブレます。そこで、図1のような手技を検討したところ非常に再現性良く分析ができるようになりました。咀嚼時に唾液でパンが濡れることを鑑み、パンを水に浸し、更に濡れたパンが滑らないように格子目加工した冶具で挟み込む方法です。
図2は、国産小麦粉(キタノカオリ)を使用したある専門店の食パンについて、上記手技にて測定した結果です。n=5での結果ですが、G’(貯蔵弾性率)、G’’(損失弾性率)のひずみ依存性が再現性よく測定できていることがわかります。
解析例
動的粘弾性測定から様々な物理パラメーターを抽出することができますが、今回は動的粘弾性のひずみ依存性グラフより、抽出ポイントを2つ挙げたいと思います。図3はその抽出ポイントを示したものです。AはG’のグラフ形状より算出した計算上の降伏点で、降伏点が図の左側にあるほど、より小さなひずみで構造が壊れやすいものであると推測できます。また、BはG’とG’’が交差する点で、このデータの場合、クロスポイントよりも左側が弾性が強く(G’>G’’)、右側に進むとより粘性のほうが支配的になり(G’<G’’)、流動点の指標の一つとされています。
食パンの口どけ比較
市販の食パン3品(専門店B>定番品=専門店Aの順に口どけ感が良い:当社官能評価)について、動的粘弾性のひずみ依存性を測定しました。その結果について、降伏点(上記ポイントA)に着目して解析した例を図4に示します。
図4(左)は降伏点のひずみで、専門店Bは他と比べてより小さなひずみで崩れやすいものであることがわかります。また、図4(右)は、降伏点のひずみとG’から計算した降伏応力を示したものです。降伏応力についても専門店Bは最も低い値となりました。降伏応力は、口腔内でパンにひずみを印加した際に、皮膚組織に返ってくる応力と捉えることできます。
専門店Bについてまとめると、より小さなひずみで構造が壊れ、口腔内皮膚組織に返ってくる応力が低いことから、咀嚼初期における口どけ感の良さを示しているものと考えます。
スポンジケーキ~食パンとは次元の異なる口どけ~
スポンジケーキの場合、水に浸すと崩れてしまうため、前記方法では分析できないことがわかりました。そこで、咀嚼時に必要な唾液量を測定し、唾液量相当の水をスポンジケーキに滴下する手技を採用しました(図5)。これにより、食パン同様に動的粘弾性のひずみ分散性を測定することが可能となりました。
次に口どけ感が異なるスポンジケーキを試作し、上記手技にて動的粘弾性測定装置で分析しました。
スポンジケーキは、一般的な処方(全卵使用)で調製したものと、全卵に代えてエグノール(常温流通が可能な全卵加工品:太陽化学製)を使用したものです。そして、エグノールを使用することで口どけが良くなることが官能評価によりわかっています。
図6は、G’とG’’のクロスポイント(tanδ=1 上記解析例のポイントB)におけるひずみを示したものです。エグノール添加品のほうが、より小さなひずみで弾性よりも粘性が支配的になることがわかります(有意水準 0.01)。正確な表現ではありませんが、より小さなひずみで固体よりも液体の性質が支配的になると言えます。
“口どけ”にも時間軸が必要
『食品を口にしてから飲み込むまで、どの段階でどのような食感を感じているのか』・・・時間軸で食感を考えることが大切だと言われています。口どけについても咀嚼初期~後期にかけて考えることが重要です。咀嚼した瞬間にやわらかくなるのか、咀嚼途中に食品が流れ出す感覚をどれだけ早く感じるのか、咀嚼後期にどれだけ早く口の中から食品がなくなる感覚があるのか、食品や人によって口どけの捉え方は様々だと思います。今回の解析例について時間軸を言及するならば、食パンの解析例(降伏点)は咀嚼初期の口どけ感、スポンジケーキの解析例(tanδ=1の点)は咀嚼中に流れ出す感覚に近いものと考えています。
それぞれの食品についてどのような『口どけ』があるのか、時間軸を意識して食べてみると、いろいろな『口どけ』があることに気づかされます。
(2016年9月)