機能性農産物を活用した6次産業化の展開~新品種の育種から産業化まで~
後藤 一寿
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構
中央農業総合研究センター 主任研究員
1.はじめに
昨今、農業・農村の付加価値を高める6次産業化や中小企業者と農業生産者等が連携し、新商品開発などを通して共に利益を得る農商工連携に注目が集まっています。農研機構は新品種の提案や企業や大学との共同研究を通して、これらの期待に研究サイドから応えています。ここで言う6次産業化とは何でしょうか?初期の概念では、農業・農村の6次産業化とは農業者自らが、加工事業や販売事業に進出する事業多角化を意味していましたが、近年では農業に主体を置きつつ、農業を起点に考えられるあらゆる事業を6次産業化と称して政策が展開されています。たとえば、政府の示した資料では「医療」「介護福祉」「観光」「情報通信」「教育」「エネルギー」「建設」など多様な分野においての市場拡大を目標としています。特に、食に関連する6次産業化をすすめるにあたって、機能性の高い農産物の活用に注目が集まっています。そこで、本稿では、農研機構が進めている機能性の高い農産物の開発と産業化の流れ、今後の活用が期待される新品種を紹介したいと思います。
2.農作物の育種のながれ
品種開発は農研機構の重要なミッションの一つです。たとえば、リンゴの代名詞「ふじ」、日本なし「幸水」と「豊水」、生産量日本一の豆腐用大豆「フクユタカ」、芋焼酎の原料サツマイモ「コガネセンガン」青果用サツマイモ「ベニアズマ」も農研機構の開発した品種です。このように日本を代表する品種を数多く生み出し、新需要を創出しています。
農研機構の前身は国立の農事試験場でした。国立の研究機関が品種開発をする理由についてご紹介します。これまでの品種開発の目標を大まかに紹介すると戦後から1960年代は「ともかくお腹を満たしたい」というニーズに応えるため多収品種の育成が目標でした。そのため、米、麦、大豆といった主要食料の品種開発は国を中心に、気候風土の異なる各地域の公設研究機関と連携して実施してきました。1970年代から80年代にかけて「おいしいものが食べたい」というニーズの変化に応えて「良食味品種」の育成に目標が変化、1990年代から現在にかけては「健康でいたい、簡便なものがいい、新しいものがほしい」といったニーズの多様化に伴い、「新たな価値を持つ品種」の育成へと変わってきました。この変化に伴いさまざまな品種が世に出されるようになりました。技術開発の支援を行っている農林水産省農業技術会議事務局では「作物育種研究の今後の進め方について(平成24年5月)」を公表し新たな価値を生む育種研究についての方向性をまとめています。これを機に現在では独立行政法人、大学、県などの公設研究機関、民間の種苗会社が連携して品種開発を行うようになりました。
3.機能性農作物の育種
機能性農作物とは、これまで含有量が低かった機能性成分を生産工程や栽培方法の改良、通常の品種改良などによって高めた農作物のことです。機能性農作物は、農業系の国公立試験研究機関並びに種苗会社や食品関係の民間企業により活発に開発が進められています。農研機構では、高アントシアニンサツマイモやGABAを多く含むコメ、民間企業では、ベーターカロテンを多く含むニンジンや高リコペントマトなどが開発され、市場に投入されています。機能性成分を高める方法としては、特定の機能性成分を突き止め、その成分を多く含む品種の選抜を行う方法と、選抜した品種を親とする交配育種により、特定の成分の含有が高い品種を創出する方法、植物が本来持つ防衛機能を刺激し、フィトケミカルと呼ばれる植物により生成される化合物の生成をうながす方法があります。後者では、寒締めホウレンソウなどに代表されるように、植物にとってより過酷な環境にさらし、植物の防衛本能を刺激することでビタミンなどの含有量を高めることが可能となっています。これらの知見から、新品種の作出ならびに栽培方法の研究により、機能性農作物の開発は進められています。
4.機能性農作物に対する消費者の期待
ここで、機能性農作物に対する消費者の期待についてのリサーチ結果を紹介します。消費者は機能性成分の高い農産物にどのような認識を持っているのでしょうか。これらを調べるため、インターネット消費者調査を2010年1月に実施しました。調査の実施に際してはより健康意識の高い消費者を選定するため、1都3県の男女30代~60代を対象にスクリーニングを実施し、健康意識の高い消費者1,000人に本調査を実施しました。
1)高い機能性成分高含有農作物の認知
本調査にて1,000人に対し、機能性成分高含有農作物の言葉の認知を確認したところ、「特徴を知っており、具体的な野菜名が浮かぶ」と回答した消費者は2.5%、「特徴や具体的な野菜名などある程度知っている」まであわせると8.6%、「なんとなく機能性成分高含有農作物の存在を知っている」と回答した消費者まで合わせると、60.9%にのぼりました。この結果の背景には、大手食品企業を中心とするトマトなどの生鮮野菜のプロモーションや健康番組などによる効果の報道などが考えられます。
2)摂取意向も高い
図は機能性成分高含有農作物の摂取意向とその理由を示しています。摂取意向では「青果でも加工品でも摂取したい(50.2%)」、「青果で摂取したい(36.6%)」、「加工品で摂取したい(7.8%)」の順となっており、全体の94.6%の消費者が何らかの形での摂取意向を持っており、非常に注目されていることが明らかとなりました。特に加工品で摂取したい(7.8%)よりも青果で摂取したい(36.6%)という結果から、より自然な状態でこれらの機能性成分高含有農作物を摂取したいと意識していることが考えられます。
3)機能性成分高含有農作物への期待と不安
機能性成分高含有農作物を摂取したいと思う理由を摂取希望者に聞いたところ、「栄養価が高いから(75.2%)」「健康機能性成分が高いから(55.8%)」「健康に良さそうだから(44.1%)」「安全性が保証されていると思うから(35.8%)」「日本国内で生産されているから(24.9%)」が高い比率で示されました。これらの結果は、機能性成分高含有農作物の栄養価並びに健康効果に対する消費者の大きな期待の現れであると考えられます。一方で、機能性成分高含有農作物を摂取したくない理由としては、「安全性に不安を感じるから(64.8%)」「自然な農作物ではなさそうだから(61.1%)」「遺伝子組み換え農作物かもしれないから(38.9%)」「値段が高そうだから(35.2%)」「本当に栄養価が高いのか疑わしいから(27.8%)」「本当に健康機能性成分が高いか疑わしいから(27.8%)」が高い比率で示されました。これらの結果から、機能性成分高含有農作物の作出の過程において、遺伝子組み換え技術が使われているのではないかといった不安や、その成分そのものの安全性評価などに対する強い不信感、成分含有量や栄養素含有量に対する不信感が強いことが明らかとなりました。
機能性成分高含有農作物は、食と健康を強く意識する消費者から支持を受け、健康に良い新しい食生活や新商品を提案する素材として注目されています。消費者調査からもこれらの農作物に対する高い関心が確認できましたが、一方で、科学的なエビデンス確保と正確な情報の提示を望む声も聞こえてきました。
5.新品種の育種から産業化の流れ
ここで、農研機構で実施している新品種の育成から産業化までの流れについて紹介します。新品種の産業化へ向けて、具体的には次の7つのステップがあります。すなわち、1新品種の育成、2栽培研究、3機能性成分の分析、4機能性の検証、5マーケティングリサーチ、6産地化・商品化支援、7地域経済波及効果の検証です。この産業化の流れについて、紫サツマイモを事例に紹介します。農研機構九州沖縄農業研究センターでは、1995年に世界で初めて色素用サツマイモ品種として紫サツマイモ「アヤムラサキ」を、食品企業と共同で育成・登録しました。この品種は、色素成分のポリフェノール「アントシアニン」を多く含有しており、色素の効率的な回収が実現できました。この品種を登録した当時、脂っこい食事の多いフランス人に心臓疾患の罹患率が低いのには、赤ワインが強く関与しているとの説を唱えたフレンチパラドックスが発表され、世界は赤ワインブームのさなかにありました。まさに「紫色=健康に良い食材」のイメージが定着し始めた頃であり、紫サツマイモブームのきっかけとなりました。品種の育成では、色価(アントシアンニンの量)耐病性等を指標に交配育種を行い、より良い品種の育成に成功しました。その後、栽培研究を行い、効率的な生産体系を作ると同時に、機能性成分であるアントシアニンの含有量や構造を機能性研究者が中心になって分析を実施しました。機能性成分の検証の段階では、試験管内での検証、細胞実験、実験動物での検証、ヒトでの検証を行い、肝機能改善効果、血圧上昇抑制効果、血液サラサラ効果などを見いだしました。また、紫サツマイモを手軽に摂取してもらうため、100%ジュースの開発を試みました。これは宮崎県の食品企業との共同研究により製法特許を取得し、多くの野菜ジュースの原料に利用されるようになりました。さらに、マーケティングリサーチにより全国の消費者の認知状況や紫サツマイモを活用した新商品などのニーズ調査を実施。その結果、紫サツマイモを活用したお菓子やアイスクリーム、焼酎などに対するニーズが顕在化しました。これらの調査結果を企業に提供し、新商品開発の参考にしてもらっています。その上で、新たな産地化や商品化の支援を行政と一体となって行い、一次加工工場の新設や貯蔵施設の建設などの支援を行い、宮崎県、鹿児島県などの紫サツマイモ産地を支えています。このように、機能性農作物の開発にあたっては、品種の育成、成分分析、一部の機能性の検証等を農研機構が企業と連携しながら行い、科学的なデータの提供を行う事で強みを発揮し、新たな産業育成の支援を実現しています。
以上紹介してきたように、機能性農作物の開発には、時代の流れに沿った品種開発戦略が背景にあり、科学的な検証を経ながら、産業化を実現しています。これらの研究開発には育種研究者、栽培研究者、食品機能性研究者、マーケティング研究者などがタッグを組み最先端の研究開発とその成果の社会実装を同時に行うと共に、企業研究者、大学、行政機関等が共創的に連携しながら産業化を実現しています。
6.期待の新品種紹介
最後に農研機構が育成し産業化を目指している期待の新品種を紹介します。お米の新品種では、高温に強く良食味の「にこまる」、良食味で多収の「あきだわら」。βグルカンを高含有する大麦「ビューファイバー」、アントシアニンを多く含む黒大豆「クロダマル」、夏に新そばが食べられるソバ「春のいぶき」、和漢として注目を集めるハトムギ「あきしずく」、麦芽糖が多く上品な甘さの新品種サツマイモ「べにはるか」、セサミンリッチなゴマ新品種「ごまぞう」、ルテインリッチな葉と茎を食べるサツマイモ「すいおう」など、今後の活用が期待される新品種を多数開発しています。ご関心がございましたら、当機構WEBサイトにて詳細情報をご覧ください。
農研機構では、消費者の皆様や実需者の皆様のニーズに応えつつ、健康的でより良い食生活の実現と農業の6次産業化へ向けて研究開発を進めています。お力になれることがございましたらお気軽にご相談ください。
(2015年5月)
参考文献
後藤一寿・坂井真編著『新品種で拓く地域農業の未来』農林統計出版、2014
URL:農研機構新品種情報
http://www.naro.affrc.go.jp/project/results/research_digest/index.html