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食べ物のおいしさを引き出す「こく」の定義と寄与成分

教授 西村 敏英
助教 江草(雜賀)愛
日本獣医生命科学大学 応用生命科学部

「こく」は、昔からおいしい食べ物を表現する言葉としてよく使われており、カレー、シチュー、ラーメン、味噌などの多くの食べ物に使われている。最近では、マヨネーズ、コーヒー、ココア、ヨーグルト、プリン、キムチ、ビール、調味料などの商品名にも「こく」という言葉が使われるようになってきた。また、日常でも、食事をしたときに、「こく」があっておいしいという言い方を当たり前のようにしているが、「こく」とはどのような味わいのことを指しているのか。
「こく」は、濃いが名詞化された「濃く」、あるいは中国で穀物の熟したことを意味する「酷」に由来すると言われているが、食べ物のおいしさに関する「こく」に対しては、きちんとした定義が無いのが現状である。
本稿では、「こく」の研究の歴史を振り返ると同時に、未だに無い「こく」の定義を紹介する。また、「こく」付与物質の特性から、「こく」付与物質を分類した。

1.「こく」と「おいしさ」は同義語ではない

私たちは、日常生活で、「こく」と「おいしさ」を同義語として使っている場合が多い。しかし、これらは同義語ではない。なぜなら、「こく」があっておいしい食べ物は多いが、「こく」があるものをおいしいと思わないヒトがいるからである。また、「こく」がなくても、おいしいものは、たくさん存在している(図1)。「こく」をどのように考えればよいのか。

「こく」と「おいしさ」は同義語ではない

食べ物のおいしさを決めている要因には、まず、味、香り、食感、色など、食品素材由来のものや調理方法により生ずるものがある。また、小さい頃からの食習慣、食べている環境、食体験、体調などの要因もおいしさに大きな影響を与えている。有名なレストランに行って同じ食べ物を食べても、あるヒトはおいしいと感じるが、おいしくないと感じるヒトもいる。また、長蛇の列を作っている評判のラーメン店で、おいしいと思って食べに行くとそうでもなかった経験はよくある。このように、おいしさはヒトによって異なっており、主観的な評価である。
一方、「こく」は客観的な評価である。「こく」のある食品として、多くのヒトは、カレー、シチュー、豚骨ラーメンなどを挙げる。これらの食品は、少し「とろみ」があり、濃厚な風味を有するもので、どのヒトが食べても、同じように、これらの濃厚感を感じることができる。なぜなら、シチューから感じられる濃厚感は、シチューがもつ味、香り、食感に関わる刺激によりもたらされるものであり、そのものの好き嫌いに関わらず、ヒトの味覚、嗅覚、触覚は同じ刺激を受けているからである。しかし、「こく」のあるシチューをおいしいと感じるかどうかは、そのヒトの食習慣、食体験、体調等の要因で異なってくる。
このような理由から、「こく」は、味や香りと同様に、おいしさを決める1つの要因であり、「おいしさ」とは異なるものであると考えられる(図2)。

食べ物のおいしさを決めている要因

2.「こく」に関する研究の歴史

「こく」を付与する物質に関する最初の報告は、1990年に遡る。ニンニク由来のアリイン1)、S-methyl-L-cysteine sulfoxide、γ-L-glutamyl-S-allyl-L-cysteine、タマネギ由来のS-propenyl-L-cysteine sulfoxide (PeCSO)、γ-L-glutamyl-PeCSOなどの含硫化合物2)が、うま味溶液に対して厚み、持続性、広がりを付与することが見出され、“kokumi flavor”と呼ばれた。N-(4-methyl-5-oxo-1-imidazolin-2-yl) sarcosine (A8) 3) 、酵母由来のペプチド、糖ペプチド、メーラードペプチド4)などは、うま味溶液のうま味の持続性や複雑さを強める効果があると報告されている。外国の研究者からも、食材由来のペプチドが「こく」を付与することが報告されている5)。最近、「こく」付与物質であるグルタチオンが、味細胞に存在するカルシウム感受性受容体(Calcium-sensing receptor;CaSR)と反応し、うま味、塩味、甘味の溶液の濃厚感や広がりを強めることが示された6)。グルタチオン以外にも、ヒスチジン、γ-Glu-Val-Glyが見出されており、「コク味物質」と呼ばれている7)
これまで報告されている「こく」付与物質は、いずれも、うま味等の味溶液に添加すると、ベースの味の濃厚感、持続性や広がりを強める効果を有するものであり、味に関する効果だけにより「こく」が付与されていると考えられてきた。しかし、味だけの要因では、食べ物の「こく」が説明できないことがわかってきた。

3.「こく」の定義

「こく」は、味、香り並びに食感による複数の刺激で引き起こされる現象であると考えられる。普段から「こく」があっておいしいと思っている「カレーライス」や「シチュー」を、鼻をつまんで食べると、「こく」が半減してしまう。これは、鼻をつまむことによって、カレー独特の香りを全く感じられず、「こく」を感じることができなくなってしまうからである。「こく」には、味だけでなく、香り、食感によるすべての感覚が関わっているといえる。ただし、それらの刺激がバランスよく与えられるときに「こく」が感じられる。「カレー」も激辛カレーのように辛さが突出している場合には、「こく」がなくなってしまう。辛いカレーがおいしいと思っているヒトにとっては、このカレーをおいしいと感じるかもしれないが、刺激のバランスが崩れることによって、このカレーの「こく」が消失し、感じられなくなる。「こく」の発現には、味、香り、食感の刺激がバランスよく、与えられることが大切である。
「こく」があると言われる食品として、カレーやシチューなどがある。これらは多くの食材を使用し、長時間煮込んで調理したものである。また、チーズや生ハムように、長時間熟成した食べ物、さらに、豚骨ラーメンのように油脂がある程度たっぷり含まれているものに「こく」があるものが多い。図3に示すように、食品を製造する際に、熟成、発酵、加熱、加工(調味料の添加)等の処理を行うが、これらは食品により多くの刺激因子を増やすと同時に、それらをハーモナイズする役割を果たしていると考えられる。まさに、「こく」を付与する方法である。
これまでの様々な知見を考えて、「『こく』は、味、香り、食感に関する複数の刺激で生ずるものであるが、それらがバランスよく与えられ、濃厚感(複雑さ、あつみ:complexity)、持続性(lastingness)、および広がり(mouthfulness)がある時に感じられる味わいである」8, 9)と考えられる(図4)。

「こく」のある食べ物をつくるための方法
「こく」の定義

4.「こく」付与物質とその分類

「こく」は、味だけでなく、香りや食感による刺激によってもたらされる。「こく」付与物質を以下のように分類した。

1)味に関する「こく」付与物質

味に関する「こく」付与物質として、うま味物質、苦味物質および酸味物質が挙げられる。味噌だけで作った味噌汁は、塩味や味噌独特の香りがあるが、必ずしも「こく」があるわけではない。しかし、うま味物質を添加すると、うま味と味の持続性が感じられる。この感覚が、「こく」であり、これを付与したうま味物質は、「こく」付与物質である。また、カレーに苦味のある粉末コーヒーを入れると風味が複雑になり、「こく」が付与される。酸味物質は、隠し味としてよく使われ、少量を添加すると、食べ物の味に複雑さが感じられ、「こく」がもたらされる。
それ自身に味がないが、うま味溶液に添加すると、うま味に厚みや広がりを与えるものとして、アリイン、PeCSO、ペプチド、A8、メーラードペプチド、糖ペプチド、コク味物質などがある。これらは、「こく」付与効果を有する味修飾物質といえよう。

2)香りに関する「こく」付与物質

香気物質の中で、ピラジンは、食べ物の風味質に広がりを与えることから「こく」付与物質として報告されている10)。最近、めんつゆの「こく」増強物質として、2-アセチルフラン、2-エチルヘキサノール、1-オクテン3-オールが報告されている11)。セロリの香気成分であるフタライドもチキンブロスの風味を増強することが知られている12)。このように、香気物質で食べ物の風味に濃厚感・複雑さ、持続性、広がりを強めるものは、「こく」付与香気物質として分類できる。
また、それ自身には、香りが無いが、香りの持続性を付与することで、「こく」付与効果がある物質として油脂がある。我々の最近の研究により、後述するように、油脂の「こく」付与効果の1つとして、香りの持続効果が重要であることがわかってきた12)。これは、タマネギ加熱濃縮物に含まれる植物ステロールである。この物質は、香気物質ではないが、香気物質の保持効果を有する「こく」付与香気修飾物質として分類できる。

3)食感に関わる「こく」付与物質

味と香りに加えて、食感も食べ物に「こく」を付与する効果がある。油脂の入っている食べ物は、「こく」があることが経験的に知られている。油脂だけでなく、グリコーゲン、ゼラチン、デキストリン、β-グルカンなどにも「こく」付与効果があると報告されている。

5.新しい「こく」付与物質

最近、タマネギ加熱濃縮物をコンソメスープに添加した時、香りの持続性が高まることが判明した13)。そこで、この香りの保持効果が、タマネギのどの成分に由来するかを調べるために、タマネギ加熱濃縮物を、遠心分離し、上清画分と固形分に分けた。それぞれを、コンソメスープに添加し、香りの保持効果を評価した。コンソメスープに上清画分を添加しても、それほど香りの持続時間は延長しなかったが、固形分を添加した場合には、1.5倍以上、持続性を高めた。上清画分と固形分をあわせると、元の加熱濃縮物と同様の持続性が得られた。このことから、固形分に、香りの持続性をもたらす効果があることが認められた(図5)。

タマネギ固形分が香気持続性の付与に寄与する

次に、固形物の香りの持続効果のメカニズムを解析するために、固形分をアルコールで洗浄し、同様に、香りの持続効果があるか否かを調べた。洗浄固形分を添加しても、香りの持続効果は認められなかった。このことから、固形分の香りの持続効果は、固形分が香気物質を吸着・保持していることに起因すると推察された。
タマネギの固形分に含まれている「こく」付与効果の有効成分を明らかにするために、固形分を熱分解GCクロマトグラフィーにかけ、解析した。多くの加熱分解ピークのマスフラグメントを解析した結果、この固形物には、植物ステロールであるスティグマステロールとβ-シトステロールが存在していることが示された。
次に、メチルプロピルジスルフィド(MPDS)を蒸留水に添加し、40℃で加熱した時の、MPDSの放出量をヘッドスペースガスクロマトグラフィーで解析した。その結果、この溶液にβ-シトステロールを添加すると、無添加の場合に比べてMPDSの放出量が抑制され、β-シトステロールにMPDS保持効果が確認された。
以上の結果から、タマネギの香りの持続性による「こく」付与効果には、植物ステロールによる香気物質保持効果が寄与しており、喫食時に、植物ステロールが吸着している香気物質を放出することで香りの持続性を増強すると推察された。

6.まとめ

これまで、「こく」に関して、明確な定義がされていなかったので、本稿で「こく」を定義し、「こく」は、味だけではなく、香りや食感によって付与されることを示した。また、この定義を基に、これまで報告されている「こく」付与物質の分類を試みた。さらに、香りの保持効果を有する新しい物質として、植物ステロールのβ-シトステロールを見出した。多くの方々が、「こく」の定義を参考にしていただければ幸いである。

(2014年11月)

参考文献
1) Ueda Y, Sakaguchi M, Hirayama K, Miyajima R and Kimizuka A: Characteristic flavor constituents in water extract of garlic. Agric Biol. Chem., 54, 163-169 (1990)
2) Ueda Y, Tsubuku T and Miyajima R: Composition of sulfur-containing components in onion and their flavor characters. Biosci. Biotech. Biochem., 58, 108-110 (1994)
3) Shima K, Yamada N, Suzuki E and Harada T: Novel brothy taste modifier isolated from beef broth. J. Agric. Food Chem., 46, 1465-1468 (1998)
4) Ogasawara M, Katsumata E and Egi M: Taste properties of maillard-reaction products prepared from 1000 to 5000 Da peptide. Food Chem., 99, 600-604 (2006)
5) Dunkel A, Koster J and Hofmann T: Molecular and sensory chracterization of γ-glutamyl peptides as key contributors to the kokumi taste of edible beans (Phaseolus vulgaris L.). J. Agric. Food Chem., 55, 6712-6719 (2007)
6) Maruyama Y, Yasuda R, Kuroda M and Eto Y: Kokumi substances, enhancers of basic tastes, induce responses in calcium-sensing receptor expressing taste cells. PLos ONE, 7, 1-8 (2012)
7) Kuroda M, Kato Y, Yamazaki J, Kageyama N, Mizukoshi T, Miyama H and Eto Y: Determination of γ-glutamyl-valyl-glycine in scallop and processed scallop products using high pressure liquid chromatography-tandem mass spectrometry. Food Chem., 14, 823-828 (2013)
8) 西村敏英:食べ物のおいしさに関わる「こく」とは.臨床栄養, 119(6), 616-617 (2011)
9) 西村敏英、江草(雜賀)愛:食べ物の「こく」とおいしさ-その定義と寄与成分-.月刊フードケミカル2014-8、352, 25-31 (2014)
10) 斉藤知明:食品のこくとこく味.味と匂誌, 11, 165-174 (2004)
11) 早瀬文孝、高萩 康、渡辺寛人:調味液の加熱香気成分とコク寄与成分の解析、日本食品科学工学会誌, 60 (2), 59-71 (2013)
12) Kurobayashi, Y., Kasumi, Y., Fujita, A., Morimitsu, Y., and Kubota, K.: Flavor Enhancement of Chicken Broth from Boiled Celery Constituents. J. Agric. Food Chem., 56 (2), 512-516 (2008)
13) 小田原努,杉瀬健,溝口典子,納庄康晴,江草愛,西村敏英:タマネギ加熱濃縮物の有するコク付与効果の解析.第65回日本栄養・食糧学会大会要旨集,p.213 (2011)

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