次世代のサプリメント・健康食品機能評価に向けて
大澤 俊彦
愛知学院大学心身科学部長
1.健康長寿への期待
超高齢化社会を迎え、今、特に求められているのは、「健康で長生き」のための健全な食生活である。従来の「病気の治療」から、今や時代は「治療から予防」へと移りつつあり、毎日の食生活から「生活習慣病」や「認知症」などの疾病を未然に防ぐことが期待されている。特に、近年においては、食生活の欧米化に伴うカロリーの過剰摂取、脂肪分の過剰摂取が、脳梗塞、虚血性心疾患、末梢動脈硬化症など動脈硬化性疾患をはじめ、がんや糖尿病の合併症などが増加した主な原因に挙げられている。日毎に摂取する食事が、一方では疾病の発症に繋がり、また他方ではその予防に機能していることは、最近の科学的研究成果が示すところであり、特に、「食生活」の役割は極めて重要であるものの、理想的なバランスの取れた食生活の実践は難しく、健康長寿における機能性食品開発の役割の重要性が注目されてきている。
しかしながら、国は「機能性食品」を認めず「保健機能食品」として認め、限られた範囲の「健康への効能表示」が厚生労働省から認められることとなった。日々の食生活が「疾患予防」に重要な役割を果たしていることは疑う余地はないが、どのような食品成分がどのようなメカニズムで生理活性を発現するのか、分子レベルからの化学的な研究はほとんど行われていないのが実情であった。このような背景で、1984年に世界に先駆けて日本でスタートした「食品の機能性」に関する研究プロジェクトは、全く新しいコンセプトのプロジェクトであり、この流れは、欧米でも「ファンクショナルフーズ」として定着しつつある。しかし、厚生労働省は「機能性食品」の概念を認めず、健康に有益な食品として特定保健用食品や栄養機能食品を認めたのである。平成3年に認可された特定保健用食品制度により健康への効用を謳うことが許可された商品は現在1000品目を超えている。その一方で、「サプリメント」を含む、いわゆる「健康食品」に関しては、薬事法により、健康への有用性、効果の表記は許可されず、消費者に対して商品の健康への有用性や効果に関する情報提供が制限され業界の懸案事項であったが、2013年6月より、新機能性表示制度に向けて、行政が動き始め、規制改革実施計画の閣議決定で、いわゆる「健康食品」の機能性表示制度についての検討が進められることとなった1)。
2.いわゆる「健康食品」の機能性表示制度
2013年6月14日発表の閣議決定事項として掲げられた「規制改革実施計画及び日本再興戦略」において、規制改革案として、エネルギー、保育、健康・医療、雇用、創業の5分野が取り上げられた。そのうち、健康・医療分野では、次の4項目が重点的に取り上げられている。
- 再生医療の推進
- 医療機器に係る規制改革の推進
- 一般健康食品の機能性表示を可能とする仕組みの整備
- 医療のICT化の推進
このなかで、第3番目の項目として取り上げられた「一般健康食品の機能性表示を可能とする仕組みの整備」では、機能成分を含む加工食品・農林水産物へ機能性表示を容認するが、特定保健用食品制度とは異なり、国が認可するのではなく、米国のダイエタリーサプリメントの表示制度を参考に、企業などの責任で得られた科学的根拠に基づき機能性を表示することが示された。その基本方針は以下に示すものである2)。
- 従来の保健機能食品制度、すなわち、栄養機能食品,特定保健用食品は存続させる
- 表示はあくまで企業などの責任によるもので、保健機能食品制度とは別の制度とする
- 機能性表示に求められる科学的根拠の水準は、消費者の意向、科学的な観点などを十分に踏まえ、
消費者の商品選択に対応できるものとする - 最終製品を用いたヒト臨床試験もしくは機能性をサポートする適切な研究論文によるエビデンスが必須
- 複数の保健機能成分についてそれぞれ機能性を表示する場合には、成分ごとに機能性を実証し、
複合的な作用に関しては、さらに検討する - 企業による品質担保や機能性表示に関わるエビデンスに基づいた評価の実態については、
実効性を確認するためのモニタリングや違反に対する措置などを設ける
対象とされる機能成分は、当初の基本方針では、食事摂取基準に掲載されている栄養成分以外の食品成分であり、細胞レベル(in vitro 試験)、個体レベル(in vivo 試験)もしくはヒト臨床試験で作用機序、作用動態について実証されているものであった(作用動態については、最終的には削除された)。また、対象者については、「生活習慣病等の疾患の有病者ではなく、境界線上の人も含めた予備軍」とし,疾病に罹患している人は対象に含まず、また未成年者や妊産婦、授乳婦については対象外とし、機能性表示の可能な範囲については,「健康維持・増進に関する表現」とすることで、医薬品との区別を明確にすることで合意された。さらに、制度への国の関与としては、企業などによる機能性表示の実施の前での届出に止め、その届出情報も開示を原則とし、国民のだれもが自由にアクセスして情報を得ることができ、制度名も既存の制度と混同されないように配慮し、食生活のバランスヘの誤認を避けるために「保健」や「栄養」、「健康」などの文言は使用しないことも条件とされている。さらに対象となる「関与成分」の定義については,「一定量摂取することで,健康の維持に役立つ成分」とし,機能性・安全性を担保するためには,食品中の関与成分が定量可能であることが条件となる。しかし、食品の組成がすべて明らかにされている必要はなく,主要な関与成分が測定可能であればよいとしており、測定できないものは対象に含まれない。
しかし、これらの方針について、検討会では最終的な合意に至っておらず、十分な判断力がない乳幼児による特定成分の過剰摂取や、食事のバランスを重視する食育への影響、また,複数の関与成分が含まれている複合系で、関与成分ごとの評価の妥当性や食べ合わせによる影響など、様々な問題点の検討が行われたものの、ヒト試験のデータが必須となるために「ハードルが高すぎる」とする意見もでている。このように、多くの検討事項が残されたが、関与成分を中心とする食品の安全性確保のために、企業が自らの責任で評価することの重要性は認識され、たとえば、容器包装に表示すべきすべき表記案として、次に示したような素案が提案され、大まかな方向性は大きな異論がなかった、と報告されている。
- 関与成分名
- 一日摂取目安量
- 一日摂取目安量当たりの関与成分の含有量
- 過剰摂取防止の注意喚起
- 安全性については国の評価を受けたものではないこと
なかでも、安全性評価に対しては、具体案として「食経験に関する情報の評価」を基本とし、情報が不十分な場合は、企業の責任で、「安全性試験」の情報の必要性が示され、さらに、必要な情報として、関与成分と医薬品との相互作用の重要性が取り上げられている。また、関与成分が複数の場合は、成分間での相互作用、たとえば相乗作用や抑制作用などの問題が取り上げられたが、これらについては申請者が自ら評価すべきであるとされているが、関与成分の複数表記については、さらなる検討の必要性が示された。
さらに、2014年6月26日に開催された消費者庁の「第7回食品の新たな機能性表示制度に関する検討会」でも多くの問題点が指摘され、活発な議論が行われた。すなわち、新制度では、製品パッケージに「機能性表示と安全性について国による評価を受けたものではない」という表示が義務づけられる予定であるが、「『国が評価していない』という表示だけでは、かえって消費者の信頼を失うのではないかとの問題提起もあったが、消費者庁の担当課は、「表現については決まっていないので、検討したい」と答えたのみと報告されている。そのために、この機能性表示制度に基づいたサプリメント・健康食品であることを示すためには、企業が届け出た際に受け取る受理番号を商品パッケージに記載させることが最も実現性が高い対応とされている。
また、新制度における「対象成分」に関して、「対象成分の作用機序、作用動態について、細胞レベル(in vitro 試験)、個体レベル(in vivo 試験)およびヒト臨床試験のどちらかによって実証されていること」としていたが、この記述の中で作用動態の部分が削除されている。さらに、「実証」は「考察」という表現に変更され、企業自身で、作用機序を説明できる「考察」のためのデータを文献検索で収集し評価するか、企業自身によるデータでの評価の必要性が示されたことが注目されている。
このように、平成27年度実施に向けて消費者庁を中心に厚生労働省や農林水産省で検討されている健康食品・農林水産物の機能性表示の行く末には目が離せないが、日本抗加齢医学会は、「健康食品機能性評価ガイドライン委員会」を設置して、企業が申請する機能性評価への申請に対して、学会としての認定の基盤となる評価法の検討を進めてきた。著者も協力委員の一人として参加しているが、日本抗加齢医学会に属する各医療分野の専門委員による提出書類の査読が進められており、現在、2014年秋季に予定されている「機能性表示健康食品データブック」の発刊に向けての準備が進行中である3)。
3.抗酸化食品素材の機能評価と開発
現在の保健機能食品制度では「抗酸化性」の機能表示は認められていないが、「抗酸化サプリメント」や、様々な方法で間接的に「抗酸化力」を謳っている健康食品は市場に溢れ、膨大な数となっている。著者は、以前より「抗酸化性」の表示が薬事法に係るとの対応には疑問を持っていたので、今回の新制度における「抗酸化機能評価」の表示の可能性の行く末に大きく注目している。日常の食生活で摂取する抗酸化食素材として、表―1に示したように、エース(ACE)と呼ばれるビタミンA,C,Eなどの「抗酸化ビタミン」やフラボノイドやクルクミン、アントシアニンのようなポリフェノール、アスタキサンチンやリコピンなどのカロテノイド、コエンザイムQやαリポ酸、エルゴチオネインなどの「抗酸化フードファクター」に多く注目されてきている4)。その抗酸化機能性の評価のために、これまでに多種多様な抗酸化性測定法が報告されているが、どれも一長一短があり、統一又は公定法化(分析値の妥当性確認)された方法がないのが現状であった。そのなかで、ORAC(Oxygen Radical Absorbance Capacity:活性酸素吸収能力)は1992年に米国農務省(USDA)の研究グループにより開発された抗酸化力の指標で、食品や生薬中の抗酸化力を分析する方法として、植物素材を中心に、アメリカ国内で多くのデータが発表され、データベース化されている。米国での認知度は高く、既にORAC値を表記したサプリメントや飲料の上市が進んでおり、消費者にその食品がどれだけ活性酸素を吸収する能力(抗酸化力)があるかを具体的数値で示されている。しかしながら、発表された文献から、アメリカでの現状を調査・検討したところ、ORAC法だけで抗酸化機能をカバーすることは難しいとの判断で、筆者らは抗酸化活性評価法の公定法化(分析値の妥当性確認)の研究を行うこととした。そこで、産官学が連携して、2007年4月に、筆者が理事長となりSUNATECが事務局となって、Antioxidant Unit 研究会が設立されている。現在、多くのデータの収集と解析が進められ、ポリフェノール類やビタミンCなどの抗酸化表示のためには、ORAC法を中心としたAOU-P、また、アスタキサンチンやリコピンなどを含めたカロテノイド類に対しては、一重項酸素捕捉能(SOAC; Singlet Oxygen Absorption Capacity)を基盤にしたAOU-C法を用いることで、ほとんどの食品の抗酸化単位として対応できることが明確となっている(http://www.antioxidant-unit.com/index.htm)。アメリカでは、2013年5月に農務省(USDA)が、ホームページ上に掲載されていた市販の食品を中心としたORAC法による抗酸化力のデータベースを突然削除した。われわれは、ORAC法だけでは正当な抗酸化力の測定法として不十分である、と主張してきたので、今後、われわれの進めている抗酸化単位(Antioxidant Unit)の統一に、世界的にも拍車がかかるものと期待されている。日本では、農水省が中心となって、JAS規格への表示の可能性が議論されている。特に、2014年11月26日に開催予定の「第8回AOU研究会」での基調講演として、政府の規制改革会議の委員として今回の新機能性表示制度の設置のきっかけをつくった森下竜一大阪大学教授による特別講演が予定されており、その時点では、新制度における「抗酸化機能」への国の対応が明確になるものと期待されている。
表―1 主要な抗酸化フードファクターのリスト
4.いわゆる健康食品のヒト臨床への応用
このような多種多様な機能性が期待される健康食品の市場化に最も重要視されているのが、科学的な根拠に基づいたヒト臨床試験であり、我々の研究グループが今全力で研究しているのが、疾患予防バイオマーカーや酸化ストレスバイオマーカーに特異的なモノクローナル抗体を搭載した「抗体チップ」を作製し、科学的根拠を持つ未病評価システムを確立することである。具体的には、国立長寿医療センターにより進行中の大府市における長期縦断研究の対象者とともに、中津川病院に通院中の糖尿病境界型患者、トヨタ記念病院におけるメタボ検診データ、さらに、中部労災病院における人間ドック受診者を対象として、抗体チップを用いた未病検査システムを確立し、日本老化制御研究所に臨床検査センターとの共同研究で、数千人規模のデータベースを作成し、未病段階で運動や食指導とともに、科学的な根拠に基づいたサプリメントや抗酸化食品の開発や管理栄養士による指導のためのツールとなることを目指している5)。このような産官学連携のアプローチにより、サプリメントを含めた「いわゆる健康食品」が日本経済新生への新たな原動力となることを期待する。
(2014年7月)
参考文献
1.大澤俊彦、機能性食品。サプリメントデータブック, オーム社、293-337 (2005)
2.「スポットライト記事」を参照、月刊フードケミカル、p.9-10、350 (6), 2014
3.記事「第14回日本抗加齢医学会総会開く」を参照、健康食品新聞、2014.6.11発刊
4.大澤俊彦、超簡単フードファクター(第2回 抗酸化フードファクターの魅力)、
アンチエイジング医学―日本抗加齢医学会雑誌、9(2)、87-93 、2013
5.大澤俊彦、未病診断とバイオマーカー、ニュートリゲノミクスを基盤としたバイオマーカーの開発―未病診断と
テーラーメイド食品開発に向けてー(大澤俊彦、合田敏尚監修)、p.11-20、シーエムシー出版 (2013)