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機能性食品科学:忘れてはならないこと

大東 肇
京都大学名誉教授
福井県立大学名誉教授

食の三次機能に着目したいわゆる機能性食品科学の芽生えは1980年代初頭であったろう。それまで、食の果たす機能として、エネルギー源としてや嗜好性追求源としてのそれが中心的課題として注視されてきていたが、関連研究分野における当時のわが国のリーダー達は、これら二つの機能に加えて、"食の生体調節や保護機能"に目を向けた。本機能への注視は、今から考えれば、"この食べ物は体にいい"と言われ育った私たちには無理なく受け入れられるものであったと考えられようが、当時としては特段意識していなかった世界を私たちの眼前に歴然と示した点で意義深かったわけである。
彼らは、食の一次(エネルギー源)・二次機能(嗜好性追求源)に加え、生体調節や保護機能を、新たに、"三次機能"と位置づけ、食品学のみならず、医学、薬学など関連分野や産業界を巻き込んだいわゆる"機能性食品"と称される系統的・総合的分野がスタートしたと考えられる。1) このコンセプトに基づく当初の研究は、国家的研究プロジェクトとして当時の文部省科学研究費・特定領域研究(課題名:食品機能の系統的解析と展開、代表藤巻正生(当時東京大学))に採択され、学術的に大きな成果を収めたことは言うまでもない。その後、第2期(同科学研究費・重点領域研究、課題名:食品の生体調節機能の解析、代表千葉英雄(当時京都大学))に引き継がれ、さらには第3期(同科学研究費・重点領域研究、課題名:機能性食品の解析と分子設計(代表荒井綜一(当時東京大学))にまで進展し、現在に至っていることはご承知の通りである。
この日本発の研究プロジェクトの誕生からその後の発展は、正に、先達の慧眼によるものと敬意を表するところです。先にも記したように、機能性食品やその科学的コンセプトは「薬食同源」の考え方を背景に持つわが国では比較的受け入れ易いものであったと考えられるが、世界的にも大きなインパクトを与え、1993年に"Japan explores the boundary between food and medicine" のタイトルにてNature誌で紹介され2)、また、当時、機能性食品の英訳語として使われていた "physiologically functional food(または単にfunctional food)"は、同義語と位置付けられる"designer food"、"pharmafood" 、"agromedical food" あるいは "neutraceuticals" などとともに国際的に認知された英語句となっている。
以上のような背景下、筆者らは上記第2期科学研究費プロジェクト以降の研究班員に加えていただき、発がんを抑制する食材や食成分の研究に携わってきた。この研究を実施する契機になったのは、がんの進展助長を抑える(発がんプロモーションの抑制)効果を検索する簡便な in vitro アッセイ法(Epstein-Barr ウイルス活性化抑制試験)を手にしたことであった。3) 本法を用いて、多種多様な植物性食素材の抽出物についての活性検討(発がん予防性食素材スクリーニング)に端を発し、活性成分の化学的究明、動物モデル実験での有効性の実証研究、さらには作用メカニズムの検討など、一通りの道筋にしたがった展開をしてきた。4) 筆者は、元来、生物有機化学(または天然物化学)に携わってきた者であるが、これを契機としてさらに絞られた領域である"食品の機能成分"の研究に身を置いてきたことになる。世に言う「健康食品」ブームを背に、社会的には目にとまる分野での活動ではあったが、世に喧伝されているその中味の昨今のありようには身を隠したいところも顕になってきている。
本稿では、"機能性食品科学"を見つめ直したく、ここまでの私共の研究で経験した具体例を取り上げ、以下、私見ではあるが、学術界として忘れてはならないと感じていることをとりまとめてみることにする。

プロトカテク酸のがん予防性

プロトカテク酸(PA:3,4-dihydroxybenzoic acid)は野菜や果物など多様な植物性食材に存在する安息香酸関連成分である。カフェ酸とも類似するポリフェノールであることから、当然ながらその抗酸化作用が注目され、動物実験的にも発がん剤による口腔や大腸発がんに対して抑制的に働くことが示されていた。5,6) 私たちも、皮膚二段階発がんに対して抑制的に働くのではとの期待の下、発がんプロモーター・TPA(12-O-tetradecanoylphorbol-13-acetate)を用いたマウス皮膚二段階発がん試験にて、その 検証を試みた。7)

マウス皮膚二段階発がん試験法の基本はすでに確立されている。簡単に記載すると、マウス(ICR雌、1グループ15匹を用いる)の背中に発がん剤DMBA(ジメチルベンツ[a]アントラセン:実験により50~200nmolをアセトン溶液として使用)を塗布し、その1週後から、TPA (1,6 nmolをアセトン溶液として使用)を週2回 20週に渡って塗布し続ける。通常、この塗布量のDMBA処理では腫瘍は発生しないが、TPA の連続塗布により腫瘍形成が顕著に認められるようになる。すなわち、発がん剤の効果がTPAにより助長・促進(発がんプロモーション)されることなる。抑制試験は、毎回のTPA処理前に一定量の被検物質を患部に塗布し、20週後の腫瘍発生マウス個体の頻度(計15個体中の腫瘍保持個体数率(%))および1匹当たりに生じた平均腫瘍個数により抑制効果を評価することになる。

図1左は、TPA処理 30分前にTPAの10~1000倍量のPAを用いて試験した結果(簡単にするため、1匹当たりの平均腫瘍個数のみの成績)である。対照区(DMBA-TPA 処理(●))においては、6週後から腫瘍が現れ始め、20週後では12個程度の腫瘍発生が認められた。本系において、TPAの10倍量のPA処理(○)においては、顕著に腫瘍個数が減少(58%)した。ところが、TPA量の100倍(□)および1000倍量(▲)のPA塗布では、逆に、顕著な促進効果が認められた。この結果は、私たちの予想に反するものであったため、数回の再検証実験を試みた。しかしながら、何度やっても基本的な結果は同じで、これを説明する新たな着眼点が必要となった。

私たちが、ここで、着眼した点はPAの代謝である。図1右は、大量のPA(20000 nmol)を用い、PAとTPA塗布の間に時間的差異をつけて行った実験結果である。まず大量のPAを塗布し、その3時間後にTPA 処理(■)を続けると、先の実験結果と同様、対照区(●)に比し、腫瘍個数は有意に増加したが、PAをTPA塗布の直前(5分前)に処理すると、腫瘍形成は抑制される(▲)ことが認められた。つまり、PAとTPA処理の間にある程度の時間をあけると促進的であり、この処理時間の間に何らかの悪要因が生じていることが示されたわけである。その後の詳細な検討の結果、通常、PA それ自身は抗酸化作用成分として機能し、また、過剰なそれは基本的には抱合化など体外に排出される方向に代謝されると考えられるが、グルタチオンなど抱合化基質などが不足してくると別の代謝経路の進行が優先され、特に1,2-エンジオールなどでは 1,2-ジケトンなど反応性の高い成分へと修飾を受け、これらがタンパク質など生体成分と反応することにより、腫瘍形成など好ましくない症状に至るのではないかと示唆された。

図1:マウスにおけるPAの皮膚発がん二段階試験

図1:マウスにおけるPAの皮膚発がん二段階試験

緑茶ポリフェノールは万能薬か

お茶のカテキン類に関する話題を、次に、提供してみる。私たちが親しんでいるお茶(Camellia sinensis L.)は、一般的には12世紀後半~13世紀初頭に中国から持ち込まれたものと言われている。当初は薬として伝わったものであったが、嗜好的要素も高まり、いわゆる飲用素材として中国は言うにおよばずアジア諸国、さらにはヨーロッパにまでひろまっている。飲用としてのお茶には緑茶、烏龍茶、紅茶などさまざまな形態があることはご存知の通りである。生葉中に存在する酵素により発酵させた烏龍茶や紅茶などは、それぞれ半発酵茶と発酵茶に区分される。一方、わが国独特の緑茶は、摘んだ生葉を揉みながら熱処理(酸化酵素の失活)して製造されるお茶(不醗酵茶)であるので、茶葉に含まれる成分(特にカテキン類)がそのまま残存しており、この事実が、幅広く、また、高いその生理機能性に繋がっているものと考えられる。

周知のように緑茶にはがん予防性、糖尿病予防性、抗肥満、さらにはこれらの疾病の予防効果を保証する基本的活性である抗酸化・ラジカル消去活性など知られており、その活性の多くはEGCGをはじめとするカテキン類(一括して緑茶ポリフェノール(GTP))によるとされている。8-11)

緑茶ポリフェノールは万能薬か

しかしながら、最近、健康にとって好ましくない効果についてもin vitro ならびに in vivo 実験結果を通して報告されるようになってきている。12-21)このような状況の中、筆者は現在、GTP(緑茶カテキン類)の効能について、やや強引かもしれないが、次のように考えている。GTPには様々な優れた健康機能がある。他の抗酸化成分に共通しているようにGTP は強い抗酸化性を発揮する一方、場面によっては酸化促進的特性もある。いずれの面が現れるかは、その量や受け取る生体の状態により異なる。恐らく、「飲茶レベルでは健康に対しプラスであろうが、酸化ストレスや炎症の進展した状況での過度の摂取は一考を要する」が、筆者らが、今、もっている回答である。

おわりに

本稿では、期待の大きいであろう"食(成分)による生活習慣病の予防"につき、2 つの具体例を取りあげ、抱えている課題や問題点などを筆者なりにまとめてみた。食の機能について、いいとこ採りで、結果として、いたずらにことを荒げる時代は去ったように思える。いいことの裏には、必ずと言ってもいいほど、落とし穴がある。本稿で示した例は極端な条件下での実験結果であり、広く健常人にとって実際的にはあり得ない話しかもしれない。しかしながら、摂る(または投与される)側の生理的状況により、機能性成分の質や量は生じる副作用に影響を与えそうである。特に、食事レベルを大きく越えた成分を摂る場合はこのような問題をはらんでいるように思える。僭越なことではあるが、本分野の現状を省みると、今や時代は"どんな生理的状況にあるヒトに、どんな食メニュー(食成分)を、どれだけの量を与えればいいか"が問われているように思える。折角ここまできた学術分野である。この問いかけに対するきめ細かな研究とその成果の社会への発信は、関連学術界こそが、今後、忘れてはならぬ道筋と感じている。

(2013年11月)

おわりに

参考文献
1) 大澤俊彦. 「ファンクショナルフーズ」研究の課題と将来の展望. Food & Food Ingredients J. Jpn.
; 205, 21-25: 2002.
2) Swinbanks D and O'Brien J. Japan explores the boundary between food and medicine.
Nature; 364, 180-181: 1993
3) Ohigashi H, Takamura H, Koshimizu K, et al. Search for anti-tumor promoters
by inhibition of 12-O-tetradecanoylphorbol-13-acetate-induced
Epstein-Barr virus activation; ursolic acid and oleanolic acid from an anti-inflammatory
Chinese medicinal plant, Glechoma hederacea L. Cancer Lett.; 30, 143-151: 1986.
4) 大東 肇. 食によるがん予防. 「栄養とがん」(ネスレ栄養科学会議監修), 建帛社;pp. 31-54: 2009.
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Cancer Res.; 53, 3908-3913: 1993.
6) Tanaka T, Kawamori T, Ohnishi M, et al. Chemoprevention of 4-nitroquinoline
1-oxide-induced oral carcinogenesis by dietary protocatechuic acid during initiation and
postinitiation phases. Cancer Res.; 54, 2359-2365: 1994.
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9) 菅沼雅美、高橋 淳、渡邊達郎 他. 緑茶カテキンによるヒトがんの化学予防
(1日10杯の緑茶飲用で多くの臓器のがん発症を予防). 化学と生物; 46, 745-747: 2008.
10) 芦田 均、村上 明、福田伊津子 他.「カテキン」. 生物工学会誌(特集記事); 82, 472-488: 2004.
11) 伊勢村 護、阿部光市:緑茶の健康効果に関する研究の進歩. Food & Food Ingredients J. Jpn.
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21) Kim M, Murakamim A, Kawabata K, et al. (-)-Epigallocatechin-3-gallate promotes
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