ポリ乳酸用マルチ機能改質剤としてのチラバゾールR VC
(2)ポリ乳酸成形品における耐熱性と耐衝撃性の両立
望月政嗣
元京都工芸繊維大学 特任教授
1.PLA成形品に対するチラバゾールRの添加効果
1-1.射出成形…溶融結晶化プロセス
前報で既述の通り、射出成形に代表される溶融結晶化プロセスは最も結晶化し難い系であり、通常のポリ乳酸では全く結晶化せず得られる成形品の耐熱性はTg近傍の55℃前後に過ぎない。そこでPLAに対してPGFE(T-1)を0.5~1 %添加した系について、金型温度110℃、成形時間60~120秒で成形した場合の耐熱性と耐衝撃性をブランク(無添加系)とコントロールN-1(PLAに市販結晶核剤を1%添加した系)との対比において評価した。1, 2)
表1のPLA単独系では耐熱性(加重たわみ温度、DTUL)は57℃で耐衝撃性も低いレベルであるのに対して、PLA用市販結晶核剤N-1を1%添加したコントロール系では耐熱性は115℃に向上するものの耐衝撃性は逆に低下した。それに対してPGFE添加系ではTgは低下することなく耐熱性は130℃まで上昇し、耐衝撃性も同時に向上することが確認された。
Table 1 Additive effects of PGFE (T-1) on the thermal and mechanical properties of PLA (S-2) in injection molding
Remarks: Mold Temperature:110℃, Molding Time:120 (60) sec.Heat Resistance: DTUL under 0.45 MPa (ISO 75)
Impact Strength: Izod without notch (JIS K 7110)
1-2.サーモフォーミング(真空・圧空成形)…冷結晶化プロセス
PLAに対してPGFE(T-3)を0.5~2 %添加した系について射出成形(金型:30℃、冷却時間:30秒)にて作製したシート厚1mmの試験片を、サーモフォーミング工程のシミュレーションとして金型温度110℃、成形時間30秒でホットプレスした場合の結晶化度、耐熱性(動的粘弾性試験(DMA)の損失正接tanδのピーク温度)と耐衝撃性をブランクとの対比において評価した。表2より、PGFE (T-3)添加系ではブランク対比で融点は低下することなく結晶化度、耐熱性並びに耐衝撃性ともに顕著に向上することが確認された。
Table 2 Additive Effects of PGFE (T-3) on the thermal and mechanical properties of PLA (S-2) in a simulated thermoforming
Remarks: Cold Crystallization Temperature: 110℃, Heating Time: 30 sec.Heat Resistance: Peak temperature of tan δ (ISO 6721-4) in dynamic
mechanical analysis(DMA), Impact Strength: DuPont impact
2.PGFEのPLAに対する相溶性/非相溶性バランス効果
結晶性高分子の結晶化は溶融状態のランダムで無配向な高分子鎖が過冷却過程を経て液晶状態から結晶核前駆体を経て微小な結晶核が形成され、その後結晶核表面への高分子鎖セグメントの移動・拡散による球晶成長により進行すると考えられる。従って、系全体の結晶化速度=結晶核形成速度 × 結晶成長速度として理解することができる。
2-1.相溶性と非相溶性
ではPLAにPGFEをわずか1%添加するだけでなぜ結晶化速度が飛躍的に向上するのか?PGFEが結晶核剤となり得るのか?否か?、PGFEの融点は室温乃至100℃未満であり、それより高温の110℃近傍のPLA結晶化温度域では固体ではなく溶融状態であるところからして、結晶核そのものとなることはあり得ない。それにも関わらず、結晶核形成速度を高める(結晶化開始時間tsが短縮される)のはなぜか?
それはおそらくPLAに対するPGFEの非相溶性(疎水性)界面がPLAの結晶核(前駆体)形成のトリガーあるいは足場となり得る異種界面を提供しているためではないかと考えられる。この結晶核(前駆体)の形成がない限り以後の結晶化(結晶成長)は望めないことからして、先ずPGFEがPLAに対して一定の非相溶性(疎水性)を有することが第一義的に求められる基本特性と考えられる。これは上述の等温溶融又は冷結晶化実験において、T-1, T-3のいずれもが疎水性が高いほど結晶化促進効果が高いことと一致する。しかし、一方ではPGFEの非相溶性(疑似非溶剤と考えられる)はPLA分子の移動・拡散運動を抑制するために結晶成長速度を遅らせる傾向(逆相関の関係)にあると考えられる。
では、PGFEのPLAへの相溶性はどのような機能を果たすのであろうか?PGFEがPLAに相溶化することは疑似溶剤として機能すると考えられるが、その結果としてPLA分子の移動・拡散運動が活発化し結晶成長速度を高めると推測される。しかし、PGFEの相溶性の指標としての疑似溶剤は結晶核(前駆体)の形成を妨げるばかりか、一旦形成された結晶核(前駆体)を溶解する(崩壊させる)作用も考えられ結晶核形成速度とは逆相関の関係にあると考えられる。従って、そこでは最適の相溶性/非相溶性バランスが求められる。
2-2.重合度
PGFEの重合度に関して溶融結晶化の場合には高重合度の方が、冷結晶化の場合には低重合度の方が高い結晶促進効果を示すのは、それぞれの主たる結晶核(前駆体)形成温度域の支配的因子の差異を反映したものと考えられる。
前者の溶融結晶化における結晶核形成は融点から結晶化温度域(110℃近傍)への降温冷却過程にあり、比較的高温域で安定した結晶核(前駆体)形成を促し維持するためにはPGFEは高分子量で分子運動が抑制される方が望ましい。つまり結晶化が困難な溶融結晶化の系全体の結晶化速度を支配する因子は、結晶化の前提となる結晶核(前駆体)形成速度である。
一方、後者の冷結晶化の場合の主たる結晶核(前駆体)形成の場は最初の低温域の室温下への冷却過程であり、溶融結晶化に比べて十分な結晶核(前駆体)形成を確保することが可能となる。従って、冷結晶化の全体的な結晶化速度の支配的因子は結晶核(前駆体)形成後の昇温・加熱過程における結晶成長速度であり、低重合度のPGFEはPLA分子の結晶成長過程での移動・拡散性を高める上で有利となる。
2-3. PGFEの化学構造における両親媒性
PGFEはそれ自身の化学構造の中に親油基と親水基を有するところから一種の高分子系界面活性剤とみなすことができ、乳化剤、分散剤、相溶化剤、流動性改良剤、可塑剤、耐衝撃性改良剤として機能することが期待される。すでに述べたように、PGFEの親水性/疎水性バランスに大きく関係するエステル化度や脂肪酸の種類(極性基の有無、飽和又は不飽和脂肪酸、アルキル鎖長)、さらには重合度により様々に分子設計が可能である。一般的に、PGFEは疎水性や重合度が高くなるほどPLAとの相溶性は低下する傾向にある。
ところで、PLAとの相溶性に優れるある種のグリセリン脂肪酸エステルが透明性の低下が少ないPLAの良好な可塑剤として過去に上市された経緯がある。しかし、この可塑剤が添加されるとPLAのTgは室温以下となるために、室温下でも経時的にPLAの再結晶化(2次結晶化)が進行して可塑剤がブリードアウトし、最終的に透明性も損なわれることが明らかとなり、現在ではほとんど使われていない。
それに対して、我々が検討しているPGFEはPLAに対して一定の相溶性(親和性)を維持しつつも、それよりむしろ非相溶性が重要かつ支配的な基本特性として機能していることが特徴的である。その結果、PGFEは溶剤分子のようにPLA分子間に自由に浸透拡散することはなく、むしろ大部分は非相溶性ドメイン(ミクロ相分離構造)を形成していると考えられる。これはPLAにPGFEを添加してもPLAのTgやTmがほとんど低下しないことからも明らかである。
一方で、PGFEのPLAに対する一定の相溶性(親和性)はミクロ相分離ドメイン界面において強固で安定したPGFE/PLA界面の形成に寄与しており、最終的にはPLAの結晶核(前駆体)形成の足場を提供するとともに結晶成長をも促し、外部からの衝撃力も吸収・分散させ耐衝撃性を発現させる界面制御構造を形成しているものと推定される。
3.今後の予定
本稿ではチラバゾールR(ポリグリセリン脂肪酸エステル,PGFE)のポリ乳酸用マルチ機能改質剤としての可能性に関して、これまでに得られた基礎的知見とその応用に関して言及した。今後は本格的な実用化をめざし、実際の成形加工工程(真空・圧空成形、射出成形)への適用をユーザーとの緊密な協力関係の下に進めさらなる研鑽を積み重ねたい。なお、本研究においては既に2件の基本特許を出願済である。3-4)
(2013年8月)
4.参考文献
1)高瀬,近藤,黒田,藤田,後藤,望月,プラスチック成形加工学会、第22回年次大会(2011)
2)望月,後藤,近藤,高瀬,黒田,藤田,高分子学会,第60回高分子討論会(2012)
3)特開2012-117034「ポリ乳酸の溶融結晶化組成物、その成形品並びに成形法」
4)特開2013-122012「ポリ乳酸の冷結晶化組成物、その成形品並びに成形法」