ポリ乳酸用マルチ機能改質剤としてのチラバゾールR
(1)ポリグリセリン脂肪酸エステルの結晶化促進作用
望月 政嗣
元京都工芸繊維大学 特任教授
1.はじめに
筆者は近年における地球環境・資源問題の時代背景下で、それら課題を解決する上で有用な植物由来のバイオプラスチック(好ましくは生分解性プラスチック)の探索、基礎・応用研究から技術開発、事業開発までを、1980年代後半よりこの方25有余年にわたり、産業界並びにアカデミアにおいて首尾一貫して行ってきた。1) そして1990年代中頃に至り、数あるバイオプラスチックの中でも植物由来の生分解性プラスチックであるポリ乳酸(polylactic acid, PLA)がバイオリサイクル材と耐久性構造材料の両面で展開が可能であることを認識するに至り、既存の石油系プラスチックやフィルム、繊維などを代替する上で最も潜在的可能性が高いことを見出した。2)
ポリ乳酸は今日では日本バイオプラスチック協会(JBPA)識別表示制度のグリーンプラ(生分解性機能が求められる)とバイオマスプラ(原料が植物由来である)の双方に登録され、またポリ衛協(JOHSPA)のポジティブリスト(PL)や食品衛生法に係る器具又は容器包装の規格基準である厚生省告示第370号において個別規格が制定されている唯一のバイオプラスチックである。
近年、ポリ乳酸は最もコストパーフォーマンスに優れたバイオプラスチックとして有力視され、すでに国内外市場においても年間10万トン以上が各種成形加工品として市場に着実に浸透しつつある。
2.ポリ乳酸の基本特性と技術的課題
2-1.ポリ乳酸の基本特性
現在、大規模商業生産されているポリ乳酸はトウモロコシなどのバイオマスを原料とする完全生分解性の熱可塑性脂肪族ポリエステル樹脂で、融点(Tm)が130~165℃、ガラス転移温度(Tg)が60℃前後の硬質の結晶性高分子である。
PLAの生分解機構は他の生分解性プラスチックとは異なり、特異的な2段階/2様式の分解機構により進行する。1) まず、律速段階である初期の加水分解は高温(>60℃)、高湿(RH>80%)、アルカリ性(pH>8)などの環境因子によりはじまり、数平均分子量が10 000程度まで分解が進むと微生物分解により加速され、最終的には二酸化炭素まで無機化され完全分解に至る。
従って、PLAは高温、高湿条件下に一定期間曝らされない限り、通常の室温環境下では既存の非生分解性の石油系プラスチックと同様に安定であるところから、耐久性構造材料としての潜在的可能性を有している。
一方、醗酵熱が60℃以上に達するコンポスト(堆肥)中では高温、高湿、さらにはアルカリ性の初期の加水分解条件が満たされ、同時に後期の生物分解を担う多数の微生物が存在するために速やかに(5 ± 3日)形状崩壊を起こし分解・消滅する。すなわち、堆肥化(好気性微生物存在下)やバイオガス化(嫌気性微生物存在下)などの再資源化が可能なバイオリサイクル材としての基本的要件も備えている。
このように、PLAは製品としての奉仕期間、製品寿命はできるだけ長く維持しながら、一方で製品としての役割を果たした後はできるだけ速やかに廃棄・再資源化処理したいという一見相反する要求特性(耐久性と生分解性の両立)を満足させる潜在的機能を、化学構造そのものの中に内蔵している。
2-2. ポリ乳酸固有の技術的課題
PLAは融点以上に加熱溶融後、押出成形(繊維・不織布、フィルム・シート)、射出成形、真空・圧空成形(サーモフォーミング)、発泡成形、ブロー成形等により各種成形品の製造が可能である。1) 2) しかしながら、PLAは結晶性高分子であるにも関わらずその結晶化速度が極めて遅いために成形加工性に劣り、また得られる成形品の耐熱性や寸法安定性にも劣る。また、硬くて脆いために耐衝撃性やタフネスに劣ることが知られている。
これら課題を解決するためには添加剤が必須であるが、それぞれの目的に応じた複数の添加剤を加えるとコストアップに加えてそれらの相互作用(通常は相乗効果よりも減殺効果)のために目的を達成することは容易ではない。たとえば、PLAに結晶核剤を加えて成形工程で結晶化速度を高め成形品の耐熱性を向上させることはできても、耐衝撃性が逆に低下するケースが知られている。そこで、できるだけ少ない種類/量の添加剤でこれら複数の課題を同時に解決するマルチ機能改質材の開発が求められる。
このような背景下で、筆者は太陽化学㈱との共同研究において、これまで各種プラスチックの流動性改良剤、耐衝撃性改良剤、可塑・柔軟剤として用いられてきたチラバゾールR(ポリグリセリン脂肪酸エステル、PGFE)3) が、上記PLA固有の諸々の技術的課題を解決する上で有用なマルチ機能改質剤としての潜在的能力を有することを初めて見出したので以下に報告する。4-6) なお、チラバゾールR(PGFE)はPLAと同様に安全性に優れた植物由来の生分解性素材であり、JOHSPA並びにJBPAのポジティブリストに登録済である。
3.熱可塑性プラスチックの成形加工プロセス
3-1.溶融結晶化と冷結晶化
結晶性高分子の結晶化プロセスは、溶融体を融点以上から融点以下(通常は室温)への降温冷却過程における溶融結晶化(melt crystallization)と、溶融体を一旦室温下で冷却固化(ガラス化または結晶化)後、ガラス転移温度(Tg)以上に昇温加熱して結晶化させる冷結晶化(cold crystallization)に分類される。
射出成形に代表される溶融体からの降温冷却・固化過程における溶融結晶化は最も結晶化しにくい系である。なぜなら、射出成形においては加熱溶融状態にある高分子鎖はランダムな配位から室温への急激な過冷却・固化過程で一気に結晶核形成と結晶成長を行わなければならない からである。
一方、フィルム・シートを室温下で溶融押出し冷却固化後、引き続きシートを予熱して型押しするサーモフォーミング工程での冷結晶化は、最初の溶融押出し・冷却固化過程で高分子の微小な結晶核(あるいは前駆体)が形成されるため、引き続く昇温過程でのサーモフォーミング工程では比較的容易に結晶成長することが可能である。
3-2. 古典的な結晶化理論と結晶化動力学
高分子の古典的な結晶化理論によると、球晶成長速度Gは①式で与えられる。
G=G0exp(-ED/RT-ΔF*/RT)・・・①
ここで、ED:固液界面を越えてセグメントが球晶上へ移動する際の拡散のための活性化エネルギー
ΔF*:球晶表面に安定な核を生成するのに要するエネルギー
なお、臨界核生成の自由エネルギーΔFs*は②式で与えられる。
ΔFs*=KTm/(Tm-T)・・・②
②より、
G=G0exp(-ED/RT-KTm/RT(Tm-T))・・・③
ここで第一項は結晶化に関与する高分子鎖セグメントの拡散過程を表し、温度Tと正の相関関係がある。つまり、温度が高いほどセグメントの拡散が促進され、結晶成長しやすくなる。一方、第二項は結晶核の生成過程を表し、温度Tとは逆相関の関係にある。すなわち、温度が高いほど結晶核の生成は妨げられる。従って、一般的に高分子にはガラス転移温度 Tgと融点Tmの間に最適の結晶化温度(結晶化速度が最大になる温度)Tcが存在する。PLAの場合には、この結晶化温度Tcは約110℃である。
4.チラバゾールR(ポリグリセリン脂肪酸エステル、PGFE)の結晶化促進作用
PGFEは重合度やエステル化度、脂肪酸の種類を変えることにより様々な構造を分子設計することが可能であり、PLAに対する親和性(相溶性/非相溶性バランス)を様々にコントロールすることができる。たとえば、PGFEのエステル化度を高く、また脂肪酸の鎖長を長くすることにより疎水性となりPLAとの相溶性が低下する。
筆者らは重合度やエステル化度、脂肪酸の種類を変えたPGFE(T-1, T-2, T-3)を調製し、これらをポリ乳酸(D-乳酸共重合比率XDの異なるM-2, S-2)に対して1 %添加した場合の110℃での等温結晶化挙動をDSC法により追跡した。図1左の溶融結晶化においては重合度が高く疎水性の高いT-1において最も結晶化速度促進効果が高く、図1右の冷結晶化では分子量が低く疎水性の高いT-3において最も顕著な結晶化促進効果が認められた。
図2と図3は最終的に到達する結晶化度の半分に到達するまでに要する半結晶化時間t1/2と結晶化度Wcを結晶化温度に対して求めたものであり、110℃の低温側から高温側までより広範な温度域で半結晶化時間t1/2が短縮され結晶化度Wcが増大することが明らかとなった。なお、本稿では紙数の関係から詳細なデータ提示は省略するが、結晶核形成速度に関係深い結晶化開始時間tsについても同様な関係が認められている。
以上より、チラバゾールR(PGFE)はPLAに対する顕著な結晶化促進作用(結晶核形成速度並びに結晶成長速度の向上)を有することが実際の溶融結晶化並びに冷結晶化過程において確認された。次回は実際のPLA成形品において耐熱性と耐衝撃性が同時に向上するマルチ機能改質剤としての作用機構について報告し考察する。
(2013年7月)
5.参考文献
1)望月政嗣,“バイオプラスチックの高機能化・再資源化技術”,エヌ・ティ・エス(2008)
2)望月政嗣・大島一史監修, “バイオプラスチックの素材・技術最前線”,シーエムシー出版(2009)
3)近藤,黒田,藤田,プラスチックス,64(9),15(2012)
4)高瀬,近藤,黒田,藤田,後藤,望月,プラスチック成形加工学会、第22回年次大会(2011)
5)望月,後藤,近藤,高瀬,黒田,藤田,高分子学会,第60回高分子討論会(2012)
6)藤井,近藤,黒田,中村,高瀬,望月,プラスチック成形加工学会,第24回年次大会(2013)