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研究を進める要因はテーマを想い続けること!
アイディアは思わぬところから湧いてくる?

木村 修一
東北大学・昭和女子大学名誉教授
理化学研究所客員主幹研究員
加齢・栄養研究所所長

研究者や技術者は誰でも失敗することがある。失敗しないにしても、前に進むことができない壁にぶつかることが多い。小さいながら想定外の現実に出会う確率が高いからである。
しかし、それを克服しないと研究も技術も進まない。失敗は最初に予想したメカニズムやスキームがどこか間違っているか不完全だから起こるのである。我々はいつもこのようなことで悩んでいる。次の一手がなかなか出てこないで、やむを得ず別に持っているテーマに移ったりする場合もある。
しかし、人の研究を見ていて思いついたり、専門の異なる人と話をしている時に、アイディアをもらったり、ふとひらめいたりして、元のテーマに戻ったりすることもある。私などは絶えずこのような状況の中で往き来していることが多いのである。
こんな話も、若い研究者や技術者に勇気を与えられるかも知れないと思い、ひとりよがりのテーマになってしまいました。


私の住んでいる東北の漁村では、「春のあわびを食べるな」という言い伝えがあり、春のあわびを食べたネコの耳が落ちると云われていた。日光過敏症による皮膚炎を起こすというのである。
この言い伝えに興味を持って研究したのが東京大学の水産学の橋本教授で、研究の末、この物質を同定した。すなわち、クロロフィル(葉緑素)の部分分解物であるフェオフォルバイドである。

研究を進める要因はテーマを想い続けること!アイディアは思わぬところから湧いてくる?

しかし、この物質はすでにヨーロッパでは家畜の光線過敏症の原因物質として知られていた。家畜が野原で雑草などを食べている時などに、発症することがあり、家畜に異常がでたら至急屋内に導入すれば被害を防ぐとされていた。日本ではこれが水産物で発見されたことが面白い。残念ながら橋本教授は若くして亡くなられ、メカニズムの解明まで至っていなかった。私はこの現象に興味を持ち、メカニズムの検討を始めたのである。昭和50年頃(1975年)である。当時、郡山女子大の山田幸二教授は,フェオフォルバイドの研究で野沢菜漬けからこの物質を取り出せることを見出して光線過敏症を研究しており、これを教えて頂き、初期にはその方法でフェオフォルバイドを抽出して研究を始めたのであった。あわびから抽出するのでは原料費が高すぎたからである。
この物質は後にピロフェオフォルバイドと分かった。私は幸運にも質問にお訪ねした東北大学医学部の医化学講座の菊池吾郎教授(のち日本医科大学学長)から、貴重なフェオフォルバイドを頂いたことで、実験が大いに前進した。

さて、ネコで耳が落ちるのは、毛が生えていないために日光が強く届くためだろうと思い、これをマウスで再現することとした。1mgのフェオフォルバイドを腹腔内に注射をして電灯の下にマウスを曝して光過敏症を起こそうとしたのだが、意外なことに、マウスは7-8時間後に死んでしまい、皮膚炎を観察することが出来ない。何回やっても同じ結果である。何故死んでしまうのか?これでは光過敏症による皮膚炎の観察は出来ない。まず死の原因を解明しなければならないことになった。突然死の状態から心臓か脳に傷害が見られるのではと考えて、まず心電図をとってみた。しかしこれをみてくれる人がいない。たまたま、医療短期大学で心電図をみている先生から、人間のハイパーカレミア (高カリウム血症) と類似しているとの診断を頂くことができた。それならば、体内の何処かの細胞が大量に死滅して、細胞内カリウムが血液の中に流れ込みハイパーカレミアによるテタニー症状をきたした、と考えられる。案の定、溶血が確認され、突然死の原因が分かった。過酸化脂質の生成から、活性酸素であることが分かったので、この活性酸素の分子種を検討することにした。
コレステロールの酸化生成物が活性酸素の分子種により異なることを利用して、フェオフォルバイドによる活性酸素の分子種を検討したところ、一重項酸素で酸化されるとき特異的に生成する5-ヒドロペルオキシドーコレステロールが出来たことから、フェオフォルバイドによる活性酸素の分子種は一重項酸素であることを見出した。これをさらに確証するため、一重項酸素から三重項酸素への特異的遷移波長である 1.27μmを検出するため、この近赤外発光スペクトルの面で権威者である東北大電気通信研究所の稲場文男教授との共同研究で確かめることが出来た。この研究を進めている最中に、昭和52年(1977年)にフェオフォルバイドを高濃度に含むクロレラを摂取した人たちが重篤な光過敏症で入院者をだした「クロレラ事件」が起きた。

研究を進める要因はテーマを想い続けること!アイディアは思わぬところから湧いてくる?

その対策に私も呼び出された。ある会社のあるロットのクロレラにフェオフォルバイド含量が高かったことによるものだった。顔の皮膚の傷害がひどく足の皮膚を移植する人もいるほどだった。
そこで、この強力な酸化能を応用できないかと考え、血液以外の細胞で試してみることにした。そこで、ガン細胞(FM3A)を用いて、フェオフォルバイドと光の組み合わせによる殺細胞効果を検討したところ、極めて強いことが分かり、この物質のガン組織への親和性を検討することにした。


研究を進める要因はテーマを想い続けること!アイディアは思わぬところから湧いてくる?

当時ニューヨーク州立大学のガン研究所ではヘマトポルフィリン誘導体がガンに親和性のあることを利用して、光によるガン抑制効果の研究をしていることを知り、フェオフォルバイドもポルフィリン構造を持っていることから、ヘマトポルフィリンと同様に、ガンを抑える効果のあることが期待されるので、ガン組織への親和性の検討を行った。
ヘマトポルフィリンと同様に、フェオフォルバイドの挙動が、ガンでは他の臓器と異なり、フェオフォルバイド投与まもない時期には濃度は低いが,他の臓器における濃度が下がっていく中で、相対的に上昇し、48時間たった時にはガンのフェオフォルバイドの濃度が最高になることから、その時期にレーザー光線照射をガンに当てれば、ガンを死滅させる可能性が高いことが示唆された。

事実、FM3Aを皮下に植えて固形ガンを持つ担ガンマウス(C3H)をつくり、フェオフォルバイドを注射して48時間後から、レーザー光を毎日一定時間照射して、ガンの抑制効果を観察したところ、明らかに発育を抑制することが観察された。
しかし、フェオフォルバイドによるガン抑制には光(レーザー光)の照射が必要なので、光の到達しない臓器には使えない。そこで、半減期の短い放射性同位元素をフェオフォルバイドのポルフィリン環に結合させ、ガンの位置を診断する化合物も何種類か作ってみた。

このような研究結果については、日米ジョイントミーティングでの招待講演、ブダペストでの国際ガン学会ではガンの「光による治療・診断用化合物に関するワークショップ」のオルガナイザーを務めるなどで、貢献することができた。
そして最近では、フェオフォルバイドによる光過敏症を防護するポリフェノールについての研究を中心に進めてきたが、その皮膚傷害のなりたちやメカニズムを検討したところ、光過敏症成立のスキームは、赤血球の損傷や、毛細血管壁の傷害などに伴う毛細血管梗塞などによる内部崩壊が原因で,そこから皮膚表面にまで広がっていく可能性を示す像からみて、外側から傷害が進むのではなく、内側から壊死の進展が起こり皮膚の傷害が進行することが示された。


この研究を振り返ってみると、約40年の長きに渡る月日が流れており、その間、フェオフォルバイドに関する研究でドクター3名、マスター3名を輩出した。
ひとつの研究テーマでも、この様な時間と労力がかかり、多くの先生、先輩、同僚からの様々なアイディアや援助のあったことを忘れることは出来ない。
多くの方々に感謝あるのみである。

2012年10日

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