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口腔ケアと健康寿命

尾崎 哲則
日本大学歯学部医療人間科学分野 教授

1.口腔ケアって何だろう

この数年来、「口腔ケア」という言葉をしばしば見かけますが、どんなことを指しているのでしょうか?
口腔ケアの定義もいろいろな方向からされていますが、「口腔の疾病予防、健康保持・増進、リハビリテーション、生活の質(quality of life、QOL)の向上を目指した科学であり、技術」 というのが、包括的な言い方です。わかりやすくすると、口腔ケアとは、一般的に「口を清潔に保つこと」で、むし歯や歯周病予防のためだと思われがちですが、全身の健康に保つために必要な口腔清掃以外のお口のケアも含めて言います。
他律的(他の人からの援助が必要)な口腔ケアを必要としている人は、身体機能の低下に加え、多くの場合摂食・嚥下障害など何らかの口腔機能の低下がみられ、お口の清掃などの問題だけでなく機能的(噛む・のみ込む)な面からのケアも欠かせません。すなわち、口腔ケアは、口腔内の歯や粘膜、舌などの汚れを取り除く器質的口腔ケアと口腔機能の維持・回復を目的とした機能的口腔ケアから成り立っています。この2つが、うまく組み合わされることで、口腔ケアの効果がさらに高まります。

2.口腔ケアの目的・効果

口腔ケアには、以下の示す目的があります。①むし歯、歯周病の予防、②口臭の予防、③味覚の改善、④唾液分泌の促進、⑤誤嚥性肺炎の予防、⑥会話などのコミュニケーションの改善、⑦口腔機能の維持・回復 です。
適切な口腔清掃を行うことによって、歯の表面等に付着したプラーク(多くの口腔細菌のかたまり:菌と菌が絡み合うように成長していますが、その隙間にはミュータンス連鎖球菌が産生する非水溶性のグルカンが糊のような働きを一部しています)を除去することができます。この結果として、プラーク中に存在するう蝕病原菌や歯周病原菌〔プラークといっても清掃後の経過日数や食物の内容あるいは歯の部位(かみ合わせの部分・歯と歯の間・歯と歯ぐきの境目)によって、構成している口腔細菌の種類が異なります〕を減らすことによって、う蝕(むし歯)や歯周病の予防ができます。
下の図に、口腔ケアにおける歯垢付着と歯肉炎の経時的変化とその比較を示しています。
これは施設入所者に対して口腔ケアをすることによって、プラーク(歯垢)の付着量が低下し、その結果、歯肉の炎症が軽減されていく経過がわかるかと思います。3月後のデータは、ほぼ健常な成人並みのプラーク付着量になって、歯肉の炎症はかなり低いレベルになっています。

口腔ケアにおける歯垢付着と歯肉炎の経済的変化とその比較

さらに、口臭は多くの場合、口腔内細菌が原因であるために、口腔清掃で菌の量を減らすことで予防あるいは対策できます。また、口腔内(舌の上も含め)にプラーク等が蓄積すると、味覚が低下していきます。そこで、味覚の改善にはお口の清掃は、有効な手段となります。さらに、歯ブラシなどの口腔清掃器具で、粘膜刺激することにより、唾液の分泌が促され、前述した①~③の効果も高まります。唾液腺をマッサージするなどの方法もありますが、多くの高齢の方が服用している薬の多くが、副作用として「唾液分泌抑制」があります。このことを承知した上での対応となり、場合によっては、人工唾液を用いることも有効とされています。
さて、日本の高齢者の死因の第3位に肺炎が挙げられて、70歳以上の肺炎の多くは誤嚥性肺炎によるものとされていることは、ご存知の方も多いかと思います。誤嚥性肺炎は、唾液とともに口腔細菌が誤嚥(本来は食道に嚥下されるのが、誤って気道に入ってしまうこと)され、それによって引き起こされる肺炎とされています。これの予防としては、誤嚥の防止・改善という方法もありますが、口腔内細菌を減少させるための口腔ケアは有効であるとされています。
ここに示した図は、その結果を示したものです。対照群に比べて口腔ケア群は、発熱発生者数・肺炎発症者数・肺炎による死亡者数それぞれで低い値を示しています。

発熱発生者数・肺炎発症者数・肺炎による死亡者数

コミュニケーションの改善が起こるのは、口臭の軽減や唾液分泌が促進されると、口元が滑らかになりしゃべりやすくなりことによって起きるとされています。
口腔機能の維持・回復には、歯科を受診して、歯科医師の処置(治療や指導)を受けることが必要になります。これらにより、自分の口で食べられるようになることは、身体と心が健康であるために大切なことで、廃用症候群の予防になると言われています。口の機能も、使わないと衰えていきます。噛まなくてよい柔らかい物ばかり食べるなど、口をあまり動かさないでいると頬、口唇、舌などの力が弱まり、お口の機能の廃用症候群を起こします
日本歯科医学会では、下の図に示しように、従来言われていた「口腔のケア」を「口腔健康管理」と言い換え、歯科専門職種(歯科医師、歯科衛生士)が行うものを口腔管理、歯科専門職種以外(看護師、介護職種)が行うものを口腔ケアと分類しました。治療も含む機能的な管理を「口腔機能管理」とし、器質的な管理を中心に行う「口腔衛生管理」という分類をしました。

口腔のケアの分類

いずれにせよ、口腔内を良い状態に保つことで、自分の口から食べる楽しみを持続でき、栄養状況の改善、認知機能の向上の役割としても注目されています。

3.口腔ケアの方法

口腔ケアの基本は、自分自身で行う毎日のケア(セルフケア)と歯科医師・歯科衛生士による口腔清掃についてのアドバイス、歯科医療職が直接行う専門的歯面清掃および口腔機能に対する摂食・嚥下指導などのリハビリテーション(プロフェッショナルケア)です。
また、要介護者ではこれらのケアに加えて、介護職や看護職によるケアが大切になります。

セルフケア

・適切な歯ブラシや歯間清掃用具を選択し、すみずみまできれいに清掃します。また、薬効成分が配合されている歯みがき剤を使用し、口の隅々まで薬効成分をわたらせることも重要です。
・栄養バランスのとれた食事をよく噛んで食べる。よく噛むことによって、唾液分泌も促進され、お口全体の機能も亢進します。
・全身のリラクゼーションを心がけ、顔面、口腔、首などをよく動かし、摂食・嚥下のための良好な口腔機能を保ちましょう。

プロフェッショナルケア(専門的口腔ケア)

・むし歯、歯周病の状況を診てもらい、全身状態(糖尿病・腎臓病・がんなども含めて)や口腔内の状況に合った適切な口腔清掃のアドバイス受けましょう。
・定期的に歯科で検診を受け、あわせて日常的には清掃できない部位の専門的歯面清掃・歯石除去などの予防管理をしてもらいましょう。
・口腔機能の維持、回復を図る機能的口腔ケアをしてもらいましょう。
・フッ化物洗口など、予防に関係する薬剤の紹介と正しい使い方の指導を受けましょう。

4.口腔ケアとお茶

今までは、プラークが歯に付着してから「取る」という方向でのプラークコントロールを説明してきました。当たり前ですが、付着させない方法もあります。その一つが、お茶(主として緑茶)の応用です。確かに、殺菌剤や抗菌剤などの薬物を使って抑制する方法もありますが、日常的な方法としては望ましいとは考えにくいものです。
お茶は日常の食品ですし、苦味も含めて日本人にはなじみ深く、安全の面からもお勧めします。抽出したお茶の中に、カテキンが含まれていることは、これをお読みの方は十分に知っておられると思います。実は、このカテキンが、プラークを成熟させる際に重要な働きをする非水溶性グルカンを合成する「グルコシルトランスフェラーゼ」の働きを阻害します。そのため、お茶の摂取が多い人にはプラーク付着が少ないことがわかっています。プラークの生成抑制ができれば、かなりの口腔ケアの目的に近づけると考えられます。
また、濃く出したお茶には2ppmぐらいのフッ素が含まれ、毎食事後に飲むことによって、むし歯抑制ができたとの報告もあります。
このような観点から、お茶は飲む「口腔ケアグッズ」とも考えられます。

5.健康寿命から考えると

健康寿命は、WHO(世界保健機関)が2000年に発表した概念で、「Healthy life expectancy (HALE)」と表記され、「日常的に介護を必要としないで、自立した生活ができる生存期間」を指します。すなわち、健康寿命は、健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間といえます。介護状態で言えば、要介護になる前の要支援までは、日常生活があまり制限されませんので、健康寿命のうちにあると言えるでしょう。健康寿命には、いくつかの計算方法があり、厳密性に欠けるとの指摘もありますが、計算しやすく、健康維持活動などの目標や改善の目安として使いやすいことから、よく使われるようになりました。
これは、単なる長寿ではなく、生活の質を伴った自立した老後を目標とするために健康寿命が提唱されました。
健康寿命が伸びることは自立した生活が長く送れるということで、老後の生活の質が向上します。男女とも平均寿命と健康寿命の差は縮小しましたが、今後、平均寿命が延びるにつれてこの差が拡大すれば、健康上の問題だけではなく、医療費用や介護費用の増加による国家財政への影響のみならず、家計へのさらなる影響も懸念されます。
健康に配慮する一方で、こうした期間に対する備えも重要になります。厚生労働省では、「健康寿命を伸ばしましょう。」をスローガンとする「Smart Life Project」を立ち上げ、①適度な運動「毎日プラス10分間の運動」、②適切な食生活「毎日プラス一皿の野菜」、③禁煙「たばこの煙をなくす」、1.健診・検診の受診「定期的に自分を知る」の「3アクション+1」を呼びかけています。これらは、健康維持のためによく言われていることですが、これらの活動の他に、今日、ここで紹介しました口腔ケアを、健康なときから、実施していくことが重要であると考えています。今までは、要介護の方の「口腔ケア」が課題でしたが、今後は、健康寿命を伸ばすための「口腔ケア」が、大きなポイントになってくると思います。

(2018年9月)

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