カテキン類の酸化反応を活用する新しい白髪染め手法の開発状況
松原 孝典
産業技術短期大学 機械工学科 講師
はじめに
街を見わたすと、髪を染めている方は多い。学生から社会人、年を重ねた方まで幅広い世代に髪染め(ヘアカラーリング;染毛)はファッションの一部として受け入れられている。染毛製品は、薬局やコンビニエンスストアなどで数百円から千円程度と簡単に手に入る。おおむね世界中で同様の状況であり、人が美しくあろうとする願望は強く、髪染めもその要素の1つとして重要なのであろう。
2018年に全国理美容製造者協会がおこなった美容室を利用する10代~60代の女性へのインターネット調査1)によると、80.2%の方が髪染めの経験があり、62.7%の方が現在も髪を染めている。髪染めの理由は、年代別で異なり、30代までの大半が「おしゃれを楽しみたいから」と回答していることに対し、40代以上となると80%以上の方が「白髪が気になるから」と回答している。統計データはないが、子どものころから白髪があって悩んでいる方もそれなりにいるようで、白髪染めの需要は少なくない。
消費者庁が髪染めの経験がある10代~80代に対しておこなったインターネット調査2)によると、髪染めには、ほとんどの場合に「ヘアカラー剤(酸化染毛剤)」(84.3 %)が利用される(残りは、「ヘアマニキュア(酸性染毛料)」8.9 %・「分からない」7.9 %・「その他」3.6 %)。酸化染毛剤は、酸化染料を有効成分とするもので、元の髪色が黒などの暗い色であっても明るい色に染めることができ、洗髪に対する変褪色も小さい。しかし、同調査の通り、酸化染毛剤は、痛み・かゆみなどの接触性皮膚炎や、じんましん・めまいなどのアナフィラキシーを引き起こすと知られている。2010~2014年度の5年間で国内における皮膚障害の事例が合計1,008件あり、うち166件はその皮膚障害の治療に1か月以上を要したとされる2)。酸化染毛剤を使わずに髪染めすればよいが、「酸化染毛剤の主成分である酸化染料は、アレルギーを引き起こしやすい性質を有するが、現時点では、代替可能な成分が他に存在しないため、残念ながら、製品の改良によって直ちにリスクの低減を図ることは困難である。」と同調査で報告されている2)。そこで、2015年から厚生労働省や日本政府は関係業者や消費者に対して、髪染めによる皮膚障害の周知を進めているが、根本的な解決には至っていない。つまり、現在、酸化染毛剤は皮膚障害をもたらすと十分わかってきたが、他の手法が替わりにならないという状況にある。
以上のような状況にあって、染毛製品として市場に出す場合、安全性試験がもっとも重要である。そこで、安永らは、飲食が可能な物質であれば人体への悪影響は比較的少ないと考え、天然物を中心に髪を染めることができる物質を探索した(急性皮膚刺激性試験もおこなっている)3)。その結果、茶などに含まれるカテキン類と酸化酵素をもちいた染毛系が有用であると見出された。著者の研究グループは、そのカテキン類の酸化反応を活用する白髪染め手法を実現すべく、発展させる研究を続けている。酸化染毛剤が代替不可能な特長には、①幅広い明るさの髪を染められること、②洗髪などの変退色が少ないこと、の2点が挙げられる。現段階で著者らは、②を解決し、白髪染めに限っては酸化染毛剤に替わり得る方法を見出している。そこで、カテキン類の酸化反応を活用する染毛法の基礎的な情報と実用化をめざす取り組みについて紹介する。
カテキン類の酸化反応による色素形成
カテキン類は、フラバン-3-オールの一群であり、チャ(茶)・ガンビールノキ・アセンヤクノキ・ビンロウなどに多量に含まれている。代表的なカテキン類は図1の8種類である(図内の表を参照のこと)。試薬として最も手に入れやすいものが(+)-カテキンであり、茶などに多く含まれるものが(─)-エピガロカテキンガレートである。カテキン類は酸化しやすく、色素化する。図2は、(+)-カテキン水溶液を酸化酵素であるチロシナーゼで酸化させたものである。(+)-カテキンは酸化すると、うすい黄色から懸濁するほどの濃い赤褐色と変わる。この変化は、カテキン類の化学構造のB環であるジヒドロキシベンゼン構造(カテコール構造)あるいはトリヒドロキシベンゼン構造(ピロガロール構造)の酸化によるもので、反応初期にはo-ベンゾキノン構造をもつ化合物が生成する4)。その後は、反応条件によって、2量体になったり多量体になったりする。また、複数種のカテキン類が含まれる場合には、紅茶の色素成分であるテアフラビン類が生成することも知られている4)。
表1は、カテキン類由来の色素を合成する手法をまとめたものである。酸化酵素をもちいる酵素酸化法では、O2が十分存在する環境下において、カテコールオキシダーゼの性質をもつチロシナーゼ、アルコルビン酸オキシダーゼ、ラッカーゼを作用させることで色素が得られる3)。反応速度が高く、反応pHが中性付近であることが特長である。工業的に利用するには、酵素活性を維持するために保存時や使用時のpHや温度などを考慮すべきであり、酵素の取り扱いに難点がある。
カテキン類水溶液に電圧印加することで色素を得る方法が電解酸化法である5)。電解するのみで色素合成が可能であるため、反応制御が容易であり、経済的である。塩基性でないと反応効率が進まないことや、化学的な後続反応が進行し、多種類の色素成分が得られることが扱いづらい点である。
化学酸化法では、酸化剤にO2あるいは過ヨウ素酸ナトリウムNaIO4をもちいる。O2をもちいる場合、塩基性下でO2ガスをカテキン水溶液に連続供給することで色素生成が進む。より高いpHとするか、pH 9付近で銅化合物を加えることで反応速度は高くなる6)。この方法では、溶媒を水とアルコールの混合溶媒にすることで、1反応で得られる色素合成量を20倍以上にできる7), 8)。分子量の低いカテキン類((+)-カテキンなど)は水に対する溶解度が低いが、アルコールに対しては20倍以上の溶解度である。純アルコール溶液であると反応が進まないため、水と混合した溶媒を使う必要がある。その混合比はアルコールの種類によって異なる9)。
O2ガスをもちいた化学酸化法では、反応系にO2ガスを供給するため、溶解までに時間がかかり、O2の溶解度も1 mM程度と低い。そこで、化学酸化剤について検討した結果、過ヨウ素酸ナトリウム(NaIO4)をもちいたときに色素の合成効率は高い。NaIO4をもちいた化学酸化法では、数秒の反応で色素を得ることができ、反応pHも弱酸性~中性である。染毛にもちいることを考えると理想的な反応系である。NaIO4は、カテコール化合物を酸化することができ10), 11)、酸化力(標準電極電位1.653 V12))が比較的高いわりに、酸化分解などの色素を破壊するような反応を起こさない。しかしながら、NaIO4を髪染めに使う場合には安全性が不明であるため、十分な調査が不可欠となる。
カテキン類の酸化生成物をもちいる白髪染め
化学酸化法や電解酸化法で合成された色素は、多種類の物質が含まれ、染料として働くものとそうでないものが混在すると考えられる。そのため、酵素酸化法で得られた色素とは異なる染料組成となる。図3は、酵素酸化法あるいは化学酸化法でそれぞれ合成した(+)-カテキン由来の色素をもちいて化学脱色された白髪を染色した結果を示す13)。毛髪は、酵素酸化法で得た色素では黄色に、化学酸化法で得た色素では暗い茶色に染まる。多種類の色素を含む化学酸化法で得た色素は、鈍い色であるが、人の毛髪を染めることにおいてはよりポピュラーである。また、いずれの色素においても洗髪に対する変褪色は小さく、酸化染毛剤に匹敵する。この主たる原因は究明中であるが、カテキン類がタンパク質と親和性が高いこと14)、カテコール構造が酸化されて生成するo-ベンゾキノン構造が活性であり、毛髪ケラチンタンパク質の側鎖にあるアミノ基(-NH2)やチオール基(-SH)などの求核基と共有結合を結ぶこと15), 16), 17) が関係していると予想している。
緑茶抽出物をもちいた白髪染め
実用面を考えると、カテキン類の利用については、緑茶抽出物由来のカテキン類をもちいることが好ましい。染色を阻害する物質が混ざっている可能性もあるため、緑茶抽出物をもちいた染毛について検討した。
緑茶抽出物には、太陽化学株式会社にご提供いただいたサンフェノン4種類(90S・BG・XLB・EGCg)をもちいた。カテキン類の組成を表2に示す。4種類のサンフェノンはカテキン類の組成やカテキン類の総量が異なる。まず、NaIO4をもちいて酸化によって色素形成が進むかどうかを確認したところ、いずれのサンフェノンにおいても色素形成が認められた。複数種のカテキン類が含まれるせいか、試薬の(+)-カテキンをもちいた結果と比べて酸化物溶液は鈍い色となる。図4に、4種類のサンフェノンと試薬である(+)-カテキンをもちいて、酸化剤にNaIO4をもちいる方法で白髪を染色した結果を示す。染色法は、2段階処理であり、カテキン類で毛髪を処理してから毛髪上で吸着されたカテキン類を酸化する方法である。色調はいずれも茶系であるが、もちいたカテキン類によって染色性は異なる。サンフェノンEGCg < サンフェノンXLB < サンフェノン90S < サンフェノンBG < (+)-カテキン(試薬)の順で濃く染まった。サンフェノンのカテキン類組成を比べると、より染色性の高いものは、カテキン類の総量が高いか、カテコール型カテキン(B環がカテコール構造であるカテキン類)が、より多いということがわかった。より高い染色性を得るためには、少なくともカテコール型カテキンが多い緑茶抽出物を使うとよさそうである。さらに、染毛製品に含まれるような浸透促進剤や還元剤を添加して、処理時のpHや温度を調整すると、実用上十分な染色濃度とすることができる(図5)。しかしながら、酸化剤にもちいたNaIO4の安全性試験が未実施のため、その評価が必須となる。
おわりに
現状の染毛製品は、150年以上前に開発された酸化染料をベースとしており、技術的な革新は相当長らくない。しかしながら、昨今の酸化染毛剤によって引き起こされた皮膚障害の事例をみると、早期な開発が求められる。本研究のカテキン類をもちいた白髪染め手法は健常な白髪に対しても実用上十分な濃さに染めることができ、洗髪による変褪色も十分低い(NaIO4やカテキン類と混合した物質などの安全性試験が必須)。緑茶などの飲料を製造したあとの茶殻からカテキン類を得る手法が株式会社伊藤園によって開発されている19)。カテキン類は持続可能な材料といえ、その活用例として面白いと思われる。その他、茶系だけでなく、色みのある色調に白髪を染めたり20)、紫外線による毛髪の劣化を緑茶抽出物で抑えたりする試み21) についても研究している。染毛分野において150年以上進まなかった技術的革新をぜひとも達成したい。
参考文献
- 1) 全国理美容製造協会調査委員会, “サロンユーザー調査2018年版”, https://www.nba.gr.jp/research/index.html(2019年11月27日公開/2019年12月12日アクセス).
- 2) 消費者庁 消費者安全調査委員会, “消費者安全法第23条第1項の規定に基づく事故等原因調査報告書 毛染めによる皮膚障害”, https://www.caa.go.jp/policies/council/csic/report/report_008/(2015年10月23日公開/2019年11月26日アクセス).
- 3) Yasunaga, H., Takahashi, A., Ito, K., Ueda, M., Urakawa, H., “Hair Dyeing by Using Catechinone Obtained from (+)-Catechin”, Journal of Cosmetics, Dermatological Sciences and Applications, 2(3), 158-163 (2012). https://doi.org/10.4236/jcdsa.2012.23031
- 4) 田中隆, “緑茶カテキンの酸化と紅茶色素の生成”, 化学と生物, 40(8), 513-518 (2002). https://doi.org/10.1271/kagakutoseibutsu1962.40.513
- 5) 松原孝典, 綿岡勲, 浦川宏, 安永秀計, “バイオベースマテリアルの酵素・電解・化学酸化による染毛料の合成と高効率化”, 日本繊維機械学会第18回秋季セミナー要旨集, 116-118 (2011).
- 6) Matsubara, T., Wataoka, I., Urakawa, H., Yasunaga, H., “Effect of Reaction pH and CuSO4 Addition on the Formation of Catechinone due to Oxidation of (+)-Catechin”, International Journal of Cosmetic Science, 35(4), 362-367 (2013). https://dx.doi.org/10.1111/ics.12051
- 7) 安永秀計, 浦川宏, 綿岡勲, 松原孝典, “フラボノイド骨格を有する天然物質の酸化方法およびフラボノイド骨格を有する天然物質の製造方法並びに染毛方法”, 特願2011-89074, 特開2012-219084, 特許第5750664号 (2015).
- 8) Matsubara, T., Wataoka, I., Urakawa, H., Yasunaga, H., “High-Efficient Chemical Preparation of Catechinone Hair Dyestuff by Oxidation of (+)-Catechin in Water / Ethanol Mixed Solution”, Sen’i Gakkaishi, 70(1), 19-22 (2014). https://doi.org/10.2115/fiber.70.19
- 9) Matsubara, T., Wataoka, I., Urakawa, H.; Yasunaga, H., “Effect of Reaction Conditions on Production of Catechinone Hair Dyestuff in Water/Alcohol Mixed Solution”, Advances in Chemical Engineering and Science, 4(3), 292-299 (2014). https://doi.org/10.4236/aces.2014.43032
- 10) Weidman, S. W., Kaiser, E. T., “The Mechanism of the Periodate Oxidation of Aromatic Systems. III. A Kinetic Study of the Periodate Oxidation of Catechol”, Journal of the American Chemical Society, 88(24), 5820-5827 (1966). https://doi.org/10.1021/ja00976a024
- 11) Munoz-Munoz, J. L., Garcia-Molina, F., Molina-Alarcon, M., Tudela, J., Garcia-Canovas, F., Rodriguez-Lopez, J. N., “Kinetic Characterization of the Enzymatic and Chemical Oxidation of the Catechins in Green Tea”, Journal of Agricultural and Food Chemistry, 56(19), 9215-9224 (2008). https://doi.org/10.1021/jf8012162
- 12) Lide DR(ed.), “CRC Handbook of Chemistry and Physics”, 76th edition (1995).
- 13) Matsubara, T., Taniguchi, S., Morimoto, S., Yano, A., Hara, A., Wataoka, I., Urakawa, H., Yasunaga, H., “Relationship between Dyeing Condition and Dyeability in Hair Colouring by Using Catechinone Prepared Enzymatically or Chemically from (+)-Catechin”, Journal of Cosmetics, Dermatological Sciences and Applications, 5(2), 94-106 (2015). https://dx.doi.org/10.4236/jcdsa.2015.52012
- 14) Ishii, T., Minoda, K., Bae, M.-J., Mori, T., Uekusa, Y., Ichikawa, T., Aihara, Y., Furuta, T., Wakimoto, T., Kan, T., Nakayama, T., “Binding Affinity of Tea Catechins for HSA: Characterization by High-Performance Affinity Chromatography with Immobilized Albumin Column”, Molecular Nutrition & Food Research, 54(6), 816-822 (2010). https://doi.org/10.1002/mnfr.200900071
- 15) Bittner, S., “When Quinones Meet Amino Acids: Chemical, Physical and Biological Consequences”, Amino Acids, 30(3), 205-225 (2006). https://dx.doi.org/10.1007/s00726-005-0298-2
- 16) Rizzi, G. P., “Formation of Strecker Aldehydes from Polyphenol-Derived Quinones and α-Amino Acids in a Nonenzymic Model System”, Journal of Agricultural and Food Chemistry, 54(5), 1893-1897 (2006). https://dx.doi.org/10.4236/jcdsa.2015.52012
- 17) Kuijpers, T. F. M., Narvaez-Cuenca, C.-E., Vincken, J.-P., Verloop, A. J. W., van Berkel, W. J. H., Gruppen, H., “Inhibition of Enzymatic Browning of Chlorogenic Acid by Sulfur-Containing Compounds”, Journal of Agricultural and Food Chemistry, 60(13), 3507-3514 (2012). https://dx.doi.org/10.1021/jf205290w
- 18) 太陽化学株式会社よりご提供されたデータ.
- 19) 株式会社伊藤園, “茶殻リサイクルシステム”, http://www.itoen.co.jp/csr/recycle/ (2019年11月26日アクセス).
- 20) 井上真琴, 奥出百華, 佐藤萌美, 松原孝典, “アントシアニン色素の安定化反応を利用する白髪用ヘアカラーリング”, 毛髪科学, 123, 掲載予定 (2019).
- 21) 松原孝典, 江南類, 榎本直樹, 原田拓弥, 山﨑勇弥, “紫外線による毛髪の引張特性の変化と緑茶抽出物処理の効果”, 産業技術短期大学誌, 53, 掲載予定 (2020).
(2019年12月)